『大日本史料』 5編 17 寛元元年12月~同2年7月 p.246

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たりといへり、, えて哀なり、, る、むかし〓丸といひける世捨人、此關の邊にわらやの床を結ひて、常は琵琶をひきて心, をすまし、大和歌を詠しておもひを述けり、嵐のかせ烈しきをわひつゝそ過しける、ある, さゝ波や大津の宮のあれしより名のみ殘れるしかの故郷, かにも見わからす、昔天智天皇の御代、大和國飛鳥の岡本の宮より、近江の志賀の郡に都, うつりありて、大津の宮を造られけりときくにも、此程はふるき皇居の跡そかしとおほ, 人の云、〓丸は、延喜第四の宮にておはしけるゆへに、此關のあたりを、四宮河原と名付, 關山を過ぬれは、打出の濱、粟津の原なんときけとも、いまた夜のうちなれは、さた, 比叡山にて此海を望つゝよめりけん歌おもひ出られて、漕行舟のあとのしら波、誠には, 曙の空になりて、せたの長橋うち渡すほとに、湖はるかにあらはれて、かの滿誓沙彌か、, いにしへのわらやの床のあたり迄心をとむる相坂の關, かなく心ほそし、, ○中, 略, 勢田長橋, 打出濱, 粟津原, 寛元二年二月十七日, 二四六

割注

  • ○中

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  • 勢田長橋
  • 打出濱
  • 粟津原

  • 寛元二年二月十七日

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  • 二四六

注記 (20)

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