『大日本史料』 5編 20 寛元4年3月~同年10月 p.370

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らす滅す、樂あれハかならす苦あり、あひては又離、これ人間のならひ、更にこれをのか, いふハ、これ明文なり、しかるに我君もとも輔弼の器にかなふ由、叡慮よりおこりて、今, なり、此夢中の身をすてん事、なんそ其淺深あるへきや、しかしたゝ有爲有涯の四大の依, 身をいとひすてゝ、無爲無涯の四眞法性の身を證すへし、於戯無明之風未扇、本分之一天, の攝政の慶をさつけたまへり、愚父又その性を見るに、まことに家をつくへき器也、心底, をいふへからすといへとも、臣をみることハ君にしかす、子を見ることは父にしかすと, 靜謐、三細之浪未動、果分之四海湛然、佛子行慧〓首和南敬白、, るへからす、重病をうけて死するものもあり、兵仗にあひて死するものもあり、山中にし, ほろしのことし、水の上のあはに似たり、鏡の上の影像にことならす、人うまれてがな, 重啓、祖神なを我家をすて給ハす、子孫たえすして報國の仁たるへくハ、我跡をつくへ, とハ今の〓政ならひに内大臣なり、攝政にをきてハ、すてに補佐の仁にをり、今更に子細, 寛元四年七月十六日, て身をおふるものもあり、海上にして身をおふるものもあり、かくのこときの死縁無量, 寛元四年七月十六日佛子阿闍梨行慧, 此七月、入道將軍頼經有上洛、子息頼嗣猶爲將軍、, 寛元四年七月十六日, 三七〇

  • 寛元四年七月十六日

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  • 三七〇

注記 (17)

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