『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.242

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易修之念佛、爲出離之要道、是以承久第三之暦、臘月三日之朝、於當院彌陀寶前、所, 佛子殊知彼深意、〓述此旨趣、聞古慣古、願今勸今、宜貽方來、將祈離苦而已云々、, におよふまて、三寶常住の道場なるへきやうにそ構をかれける、, そのゝち觀性建立の堂に〓級をかさね、露盤をくはへて多寶塔となされけり、塔内を, 專在小僧之補助、内薫之儲、又憑十方檀那、不如唯始不退之行法、遂練若之興隆、以, この塔婆をは、慈鎭和尚の一千日の御忌にあたりて、寛喜二年に供養をとけられけり、, は如法道場として、垢衣の人はいる事なし、外陣は衆僧參會の座席にて、天台・善導, 導師は安居院の聖覺法印とそきこえし、上人はしめは觀性の靜房に栖給しに、承久の, 亂によりて、後鳥羽院の皇子道覺親王、俄に當山にしのひ入給ひしかは、本坊をさり, 始置三箇行事、一不斷念佛、二六時禮讚、三問答論義、淨土三經來迎之蓮、決往生之, 者、始百有餘人之念佛於白蓮社、今彌陀行人當寺證空者、待七道諸國之濟度於金蓮臺、, 兩師の形像をその上座に安置せらる、後をは吉祥藏となつけて、聖教を納て、未來際, 疑於問答、極樂九品彌陀之誓、定念佛之功於現當、乃至、於戲、昔淨土始祖廬山惠遠, ○繪, 略ス、, ○繪, 場ト爲ス, 立シ如法道, 多寳塔ヲ建, 吉祥藏ニ聖, 證空ハジメ, 教ヲ納ム, 觀性ノ靜房, ニ栖ム, 寶治元年十一月二十六日, 二四二, 寶治元年十一月二十六日

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  • 略ス、
  • ○繪

頭注

  • 場ト爲ス
  • 立シ如法道
  • 多寳塔ヲ建
  • 吉祥藏ニ聖
  • 證空ハジメ
  • 教ヲ納ム
  • 觀性ノ靜房
  • ニ栖ム

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二四二
  • 寶治元年十一月二十六日

注記 (27)

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