『大日本史料』 5編 29 建長元年正月~同年4月 p.106

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御法名圓助ときこゆ、いとうつくしけさ、佛なとの心地して、あハれにみえ給、院の宮, こそハものし給ハめ、あまたの御中にこの御子ハ御形すくれ給へれハ、院もいとらうた, 院の若宮十三にならせ給ハ、公棟の中將といひし人の女の御腹なり、圓滿院の法親王の, 御弟子にならせ給へしとて、正月廿八日にその御ようヰあり、承明門院よりわたり給、, たちの御中にハ御このかみにてものし給へと、御けさくのよハきハ、いまもむかしもか, 馬にて、色〳〵にいとよそほしうめてたくておハしましぬ、その夜やかて御髮おろして, 圓助法親王, ゝるこそいと〳〵おしきわさなりけれ、御くしけ殿の御腹の若宮も三ニならせ給へる、, 院のあしろひさしの御車にて、上達部ハ車、具實大納言を上首にて六人、殿上人十六人, く思きこえさせ給けり、, 承明門院にて魚味きこしめしなとすへし、これも法親王かねにて, 建長元年入室、「正月廿八日出家」, 〔本朝皇胤紹運録〕, 諸門跡傳〕, 七月二十三日ノ第二條二見ユ, ○省仁誕生ノコト、寶治元年, 藏謄寫本二據リテ補フ, 後嵯峨院第七皇子、, ○東京大學史料編纂所架, ○華頂要略百四十三所收青蓮院所藏, 母右衞門局、中納言丶保女, 四園城寺圓滿院, (藤原), 二i口曰ー, (追筆), リ渡ル, 承明門院ヨ, 建長元年正月二十八日, 一〇六

割注

  • 七月二十三日ノ第二條二見ユ
  • ○省仁誕生ノコト、寶治元年
  • 藏謄寫本二據リテ補フ
  • 後嵯峨院第七皇子、
  • ○東京大學史料編纂所架
  • ○華頂要略百四十三所收青蓮院所藏
  • 母右衞門局、中納言丶保女
  • 四園城寺圓滿院
  • (藤原)
  • 二i口曰ー
  • (追筆)

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  • リ渡ル
  • 承明門院ヨ

  • 建長元年正月二十八日

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  • 一〇六

注記 (29)

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