『大日本史料』 5編 35 建長3年正月~同年7月 p.276

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なし、まして人の殺さんなとこひもとめ放ちなハ、いみしきこと成へし、師員此田を聞, 上人の御手をかり、金泥を以て補ひ供養あるあしたに至り、池に金蓮華を生しけれハ、, けれハ、厭離離穢土・欣求淨土の心をあらハし、寸を二ツにわけ、西方土寸・穢工土寸と名附、, 住僧もなかりしを、檀那攝州大守中原師員かさねて堂舎を建立し、本來念佛宗に歸依し, 問ていはく、念佛寝人の放生なんとし侍るは、雜行なるへきや、上人答て、全く雜行に, の詔により、行下杢廿薩、畿内に四十九院を建立したまふとき、先此地に伽藍をたて、は, ツとて、ひんかしと西に、時かはりて涌いてし天然の池水あり、, 法然上人を請し、當土寸第五興の開山と仰き、三尊の靈像年ふりて莊嚴損しいませしを、, あらす、念佛の助行、何事かこれにしかん、およそいきとしいけるものハ命おしまぬハ, き、うれしく思ひ、多くの魚とりを市にもとめて、上人と共に池にはなち、久しく絶た, 師員いよ〳〵信心ふかく、上人と同しく日毎に七萬返の稱名忘りなし、或とき、上人に, 天平年中、聖武天皇, 抑當寸の池庭ハ、むかし聖徳太子の別莊となりし頃、すてに朝日のしみツ、夕日のしみ, 〔西芳土寸池庭縁起〕, しめて西方土寸と名附、, 行杢亨廿薩より年代久しく建久の頃に至り、此土寸大に廢壞して, 〇中, 烙, ○中, 烙, 西方寸穢十, 色佛者放, テ開山ト爲, 寺ヲ建立シ, 生ヲ市フハ, 源空ヲ請シ, 雜行ナルヤ, ヲ源空問, ス, 建長三年六月十五日, 二七六

割注

  • 〇中
  • ○中

頭注

  • 西方寸穢十
  • 色佛者放
  • テ開山ト爲
  • 寺ヲ建立シ
  • 生ヲ市フハ
  • 源空ヲ請シ
  • 雜行ナルヤ
  • ヲ源空問

  • 建長三年六月十五日

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  • 二七六

注記 (31)

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