『大日本史料』 6編 11 貞和3年12月~貞和4年10月 p.71

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畫カシム、法印權大僧都玄慧之ガ序ヲ作ル、, す、其餘殃廣に及て、つゐに武衡家衡をせめられしに、大軍ちからをつくし, て、一族なのら郎從となれりし秀武、□□めうらみをふくわて合戰をいた, 朝家に文武の二道あり、互に政理を扶く、山門に顯密の兩宗あり、をの〳〵, ことなし、しかるに本朝神武天皇五十六代清和天皇の御子貞純親王六代, 護持を致す、是聖代明時の洪業う象出て、神明佛陀の餘化にあらすといふ, 叡山東塔南谷ノ衆徒、相謀リテ、畫工飛騨守惟久ヲシテ、後三年合戰繪ヲ, 勞、恐々言上如件、, 宇永保〓年に奧州乃、任に赴く、爰ニみちのくに奧六郡を領をし、鎭守府將, 軍清原武則か孫、荒河太郎武貞か子眞衡の富有の奢、過分の行跡より起り, の後胤、伊豫守源頼義朝臣の嫡男、陸奧守義家朝臣八幡殿と號す、堀河院御, 勇士名をあくる戰その數をしらす、此間〓大將軍陸奧守の武徳威勢、上代, 被仰也、而備中國眞壁郷領主眞壁彦三郎等、依罪科被處流刑之由所承及也, 然者以彼眞壁跡爲高田庄替宛賜之者、爲當參奉公之資縁、專爲勵夙夜之勤, 〔八幡太郎繪詞〕〓文, 闕文, ○以下, 玄慧ノ序, 文, 南朝正平二年北朝貞和三年是歳, 七一

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  • 玄慧ノ序

  • 南朝正平二年北朝貞和三年是歳

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  • 七一

注記 (21)

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