『大日本史料』 6編 11 貞和3年12月~貞和4年10月 p.291

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りししふとさにては、著御のをりもあわてゝ取あへす御迎には參らさり, を御勸誘ありしかとも、とかくして是まて御旗を擧す、うちうかゝひてあ, 高師直、八幡ヲ發シテ河内ニ入リ、東條城ニ向フ、, 方へはすへてもれなく仰ふれられつらんとおもへは、年比宮方深重の菊, 細なと申ことはりたるなるへし、そはいかなるさはりありて御迎には參, らさりけん、近年惟時か謀叛せし以來、芳野よりも、宮よりも、度々歸順之事, 參りつらんとおもふに、武光も、惟澄も、惟時と同樣に御迎に參りたるけし, しなりけり、いとにくまし、今度宇土御著岸の事、惟時のみならす、當國の宮, 御の初、〓前に馳參るへきよし被仰遣し御請文にて、御請文のやうはいか, なりたんしられされとも、著御のことを賀し申して、御迎にまいり難き子, 池の一族はさらにて、惟澄以下も、御方の人々は大かたのこりなく御迎に, きも見えさるは、いのなる子細ありての事なりしや、今よりはいと〳〵心, らす御船をよせられて、十日計は御滯留もありしなるへし、御請文とは、著, 立八幡、懸于河内路、進發東條城, えかたき事さたにてありし也、, 〔醍醐地藏院日記〕上正月二日、執事, 師直, ○高, 南朝正平三年北朝貞和四年正月二日, 二九一, 一日

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  • 師直
  • ○高

  • 南朝正平三年北朝貞和四年正月二日

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  • 一日

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