Loading…
要素
ノンブル
OCR テキスト
まかをて官稱假名いつれもゑらはすかゝれたる也、すてに此宮の御事を、, 後守は官稱にて、小二郎は其人の正しき假名なる故、内々の事には、便宜に, 三字は、僧の名と見えたれとも、字躰さたかならす、中の一字は了の字と見, えたれとも、上下の字讀かたし、下の字は房の字なるへ之も見えたれは、何, 了房にてもありしなるへし、其比は主上は芳野より賀名生に遷御ありし, て御沙汰候へき事を、自吉野御所御沙汰候時は被訴申云々とは、宮の直の, 野山の中なる上に、吉野は先帝以來の定りたる皇居にて、今の賀名生はし, 御沙汰あるへき事を、遮て吉野にて御沙汰ある時、もし其事宮の御旨にた, はらくのかりの御所なる故、本のまゝ吉野の御所とはいはれたる也、また, 惟澄は三月にはやう筑後守になりたるに、猶小二郎殿と宛られたるは、筑, 訴ありて、下直さるゝ事はあれとも、今まて初より吉野にて御沙汰あるへ, かひたるか、ことわりにかなはさるやうのをりには、宮より其よしを御歎, きことは、さしこして國にて御沙汰ありしことはなつりしと也、僧の下の, 後なれとも、かく猶吉野御所なとあるは、賀名生も國こそかはりたれ、同吉, 當時の文書にすへては征西大將軍宮、征西將軍宮ともかゝれたるに、延示, 南朝正平三年北朝貞和四年六月二十三日, 南朝正平三年北朝貞和四年六月二十三日, 五九二
柱
- 南朝正平三年北朝貞和四年六月二十三日
ノンブル
- 五九二
注記 (18)
- 291,666,66,2237まかをて官稱假名いつれもゑらはすかゝれたる也、すてに此宮の御事を、
- 404,662,68,2222後守は官稱にて、小二郎は其人の正しき假名なる故、内々の事には、便宜に
- 1219,661,64,2222三字は、僧の名と見えたれとも、字躰さたかならす、中の一字は了の字と見
- 1105,663,62,2218えたれとも、上下の字讀かたし、下の字は房の字なるへ之も見えたれは、何
- 989,658,62,2226了房にてもありしなるへし、其比は主上は芳野より賀名生に遷御ありし
- 1798,668,64,2202て御沙汰候へき事を、自吉野御所御沙汰候時は被訴申云々とは、宮の直の
- 755,663,62,2218野山の中なる上に、吉野は先帝以來の定りたる皇居にて、今の賀名生はし
- 1685,666,62,2211御沙汰あるへき事を、遮て吉野にて御沙汰ある時、もし其事宮の御旨にた
- 641,675,60,2205はらくのかりの御所なる故、本のまゝ吉野の御所とはいはれたる也、また
- 520,660,68,2226惟澄は三月にはやう筑後守になりたるに、猶小二郎殿と宛られたるは、筑
- 1454,660,61,2219訴ありて、下直さるゝ事はあれとも、今まて初より吉野にて御沙汰あるへ
- 1572,669,62,2213かひたるか、ことわりにかなはさるやうのをりには、宮より其よしを御歎
- 1338,661,61,2216きことは、さしこして國にて御沙汰ありしことはなつりしと也、僧の下の
- 870,661,63,2224後なれとも、かく猶吉野御所なとあるは、賀名生も國こそかはりたれ、同吉
- 172,665,69,2216當時の文書にすへては征西大將軍宮、征西將軍宮ともかゝれたるに、延示
- 1913,736,45,815南朝正平三年北朝貞和四年六月二十三日
- 1913,736,46,815南朝正平三年北朝貞和四年六月二十三日
- 1921,2466,43,117五九二







