『大日本史料』 6編 12 貞和4年10月~貞和5年10月 p.131

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御佛事者、花園寺, り、陵上に古松四株生ひ壹りしが、一株は先年折て、今は三株存りたり、これ, 花園院天皇の御陵なり、山城國愛宕郡粟田山青蓮院宮御構内の東南のか, 可有沙汰云々とみえ、同書に引載給へ, 此陵今青蓮院宮域内、西の方竹林中にあり、陵上, 太子堂の舊址は、知恩院北の門内北側寺中ニ太子水又太子杉とて大なる, アリ、按コレ分骨所ナリ、關東ヨリ御改ノ時是ナリト申上ク、, た、字を上坊とよふ、竹藪の艮の上方にあり、高さ一丈許、めくり十二丈許あ, なりと云、是大なる誤なり、十樂院は青蓮院の別號なること疑なし、, 杉あり、是其古址なり、又萩原殿ニありといふ陵は、神樂岡南の方ニありし, とそ、是は近年崩れたるにや今はなし、又山陵志ニ十樂院は今の黒谷の地, に松櫻なと生たり、さるを道祐此陵を將軍塚に充たるは大なる誤なり、又, 園太暦、貞和四年十一月十三日の條に、傳聞法皇御葬禮今日也、太子堂長老, 〔山陵考〕四十樂院上陵, 堂微笑菴昭堂ノ下陵ノヨシ、昭堂ノ上西方高三尺六寸計ナル法皇ノ石塔, 々上人沙汰之、御平生叡慮云々、正親町大納言公蔭、寄御輿、一向聖沙汰也、於, 〔山陵考〕, 南朝正平三年北朝貞和四年十一月十三日, 兼日擬法華堂被立, 之、未成御風功云々, ○諸陵要記草, 稿十七所收, 別號, 十樂院上, 青蓮院ノ, 十樂院ハ, 青蓮院域, 内ニアリ, 陵, 南朝正平三年北朝貞和四年十一月十三日, 一三一

割注

  • 兼日擬法華堂被立
  • 之、未成御風功云々
  • ○諸陵要記草
  • 稿十七所收

頭注

  • 別號
  • 十樂院上
  • 青蓮院ノ
  • 十樂院ハ
  • 青蓮院域
  • 内ニアリ

  • 南朝正平三年北朝貞和四年十一月十三日

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  • 一三一

注記 (31)

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