『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.614

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正徳六丙申夏、憐霞亭山本氏と云人の隨筆の内, そ黄金ならんと點頭あひ悦ひ、既に蓋を開かむとするに、頭取たる男忽狂, 二首なから上人の書捨給ひし反古のおくに書て、結縁して侍りぬ、, のゝき、早〳〵もとの如く土をかけ埋みて迯かへりぬ、此事深く包みぬれ, 元祿の比村の内ニ貪欲不敵の者ありて、同心の徒四五人をかたらひ、或夜, と、いつとなく領主に聞えけれは、檢使を立られ、沐浴齋戒せさせて、再ひ彼, 猶村中に祟るへしと云、其体身の毛もよたちて冷ましかりけれは、恐れお, を堀あはくにや、速やかに止むへし、強て鋤鍬を以てせは、汝等か一命を取、, 乱し口走りて、我は是吉田の兼好法師也、其頃帝都騷乱ニよ例て當國身退, しか、終ニ此所に沒して遺骸を止む、汝等凡俗昇賤として、いかなれは此塚, 人靜まりし時分其所にゆき、塚を堀穿ちしに、底に至り一ツの石櫃有、是こ, 所ニ昔長者有て、黄金を多く埋み置たりと、かくて年月只其儘ニ過けるを、, 爰に伊賀の國多井の庄と云所ニ、乾坤塚とて年古き塚有、いひ傳ふ是は此, 觀應元年二月十五日出伊賀妙松丸草, 〔徒然草發端〕, に、, 兼好童子, ○帝國圖, 書館本, 乾坤塚發, 掘ノ記, 南朝正平五年北朝觀應元年四月八日, 六一四

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  • ○帝國圖
  • 書館本

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  • 乾坤塚發
  • 掘ノ記

  • 南朝正平五年北朝觀應元年四月八日

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  • 六一四

注記 (23)

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