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蹟也、慕歸繪詞に、覺如上人面受門弟の列に行如とあり、傍に田島興宗寺ト, 化を受られし法徒也、然るに御上洛の後法流に於て如道新義を立て、祕事, 法門と云をを骨張せしかば、御門徒の面々堅く糺明をなし、自今已後出言, 越州吉田郡福井牛鼻山但馬興宗寺は、覺如上人の門弟田島行如法師の遺, と號する是也、, あるべからざる旨起誓文を書しめ改悔あり、然れども止ずして諸人迷惑, ありしかば、申上られ御門走を離れ畢ぬ、然れともなを邪義を募る、又横越, 記せり、顯誓記には田島の興宗寺、和田の信性、あひ共に覺如御在國の中に, の道性、鯖江の如覺、中野坊主此旨を傳て餘殘ありて、三門徒おがまずの衆, 勸化を受られし法徒也、, 越州吉田郡福井和田山本覺寺は、覺如上人の門弟和田信性房, の遺蹟也、顯誓記云、興宗寺和田の信性あひともに、覺如御在國の中御, 〔大谷遺蹟録〕一和田山本覺寺記西派, 〔大谷遺蹟録〕一牛鼻山興宗寺記西派, の舍, 弟也, 三州和田圓, 善息信寂房, 『里、篠生寺に蓮師粽の笹を指玉へるとてあり、大聖寺より山中へ三里、, 福井より大聖寺ヘ十一里、西山田とて蓮師息顯誓居住地近し、次振橋, 越前本覺, おがまず, ノ衆, 越前與宗, 寺, 寺, 南朝正平六年北朝觀應二年正月十九日, 六五六
割注
- の舍
- 弟也
- 三州和田圓
- 善息信寂房
- 『里、篠生寺に蓮師粽の笹を指玉へるとてあり、大聖寺より山中へ三里、
- 福井より大聖寺ヘ十一里、西山田とて蓮師息顯誓居住地近し、次振橋
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- 越前本覺
- おがまず
- ノ衆
- 越前與宗
- 寺
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- 南朝正平六年北朝觀應二年正月十九日
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- 六五六
注記 (28)
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