『大日本史料』 6編 15 観応2年5月~正平6年12月 p.289

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にては高月川と云, 樓の跡あり、正月十一日御弓神事、村人射的す、七十年以來中絶、今に的場存, せり、正月十一日村中よりあつまり、馬頭の形に餅をこしらへ、肩にか〓て、, の邊にては、車馬渡川といふ、尊氏の馬洪水にて流れしをたすけわたせし, 馬渡川源は越前界より流出、或は馬上川とも、伊香郡にては呼り、馬渡村, 馬渡村同村, といふは、此川の事なり、幅堤より堤まて九十間、常水十五間許、高月村の邊, めは大觀音寺村と號す、源尊氏北國に行とき、土人多く出て川を渡し、馬を, 明年々々三明年馬動々々とはやす、是北國の軍も相治、軍勢の催促もなき, 壹すけし故、馬渡村と名付られしとツふ、, 十四日, の南にあり、相傳此村はし, 八相大明神社中野村にあり、相傳往古は甚大社なりしといへり、前に鐘, 常陸親王。横山道祖法師丸ノ來附ヲ褒シ給フ、, をよ海こへることふきなるへし、是を武者正月の祭禮と云、, 近江輿地志略〕, 萩藩閥閲録〕, 〔參考〕, 百二十九, 横山新之永, 八十五, 淺井郡二, 村、, ○下, ○賀, 略、, ・庭, 申、, 八相大明, 神, 高月, 馬渡, 南朝正平六年北朝觀應二年九月十四日, 二八九

割注

  • 百二十九
  • 横山新之永
  • 八十五
  • 淺井郡二
  • 村、
  • ○下
  • ○賀
  • 略、
  • ・庭
  • 申、

頭注

  • 八相大明
  • 高月
  • 馬渡

  • 南朝正平六年北朝觀應二年九月十四日

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  • 二八九

注記 (34)

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