『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.152

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武藏國葛飾郡村々大〓書一卷, 藏國は打ひらけたる國にて海を受、西は山なりといふ、各村檢地高、領知付、江戸への, 巨細に改正ありし時の帳面なり、方救是を輯録して一册となしたるよし、多西山の根と, 紀しはしめ石川傳兵衞御代官所におはる、村數凡二百四十四ヶ村を載たり、, は多磨郡の内に山の根九萬石といふことと多西・多東といふ事あり、是方言にして山の, して夫より甲州境まてを多西といふよし、是いはゆる西多摩郡なるへし、すなはち一村, 開卷、〓國の總高およひ新古田畠の別數・民戸人馬の員數、山林のヶ所をあけ、また試, を多東といふ、是いはゆる東多摩郡なるへしといふ、また曰野本郷より西、南北へ見渡, 野路村の六ケ所において近村のものを呼出し、御領私領およひ給々、分郷にいたるまて, 里數、田畠の別數、新古の石盛、民戸人馬の員數、金納運上、小物成、大助・助郷、農, の石高をしるし、その下に村名およひ里正の姓氏をしるせり、都筑藤十郎御代官所より, 根九萬石といふは、北は村山郷の東山の果より南へ見渡して、西の方は甲州境まてを山, 原男女の所業、溜井、用水、旱損水損、芝地、藪林、川澤、沼池、津出、漁獵、丑樋、, の根九萬石といふ、多西・多東とは甲州道中内藤新宿の西、豐島郡の境より青柳村まて, 寫本, 册, 二百四十四箇, 村ヲ載ス, 編脩地誌備用典籍解題卷之十一, 一五二

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  • 編脩地誌備用典籍解題卷之十一

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