Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
は天下しづか成べからずと、口々に申すによつて、將軍の御いきどほりふ, かく、義長退治の上意あり、西國南方いまだしづまらず、しばらく時節を待, て亂をおこし、我が名代と號して、不義のくはだてをいたす、これ何の面目, 道事もなげなる躰にて、仰の旨ふしぎにこそ候へ、定て讒人の申す事にて, 禮不義なる事前代未聞なり、諸大名諸侍是をにくみ、目をそばたて、かくて, 畠山にのたまふやう、汝大軍を率して上洛せし事は、將軍より基氏をうた, わたくしの宿意を達せんとおもふや、亂をしづむる迄はなからめ、かへつ, 山陰道を廻りて鎌倉に下著す、左馬頭基氏は、京都の有さま前立て聞給ひ、, ぞ候らん、仁木義長と不和になりたる事、それがしのしわざにあらず、義長, がひ給ふ故に、其いきどをりをとゞめむがため也、何ぞ仁木と不和に成て、, 給へと、諫言をこそ申て候へ、和田楠又蜂起せしむ、それがし天王寺へ發向, ありてか、基氏今天下の人にまみえんやと、御氣色かはりて宣まふ、畠山入, 年の領地なり、守護代西郷彈正左衞門矢矧に出張して道をふさぎければ、, 權にほこり、をごりによつて上意を用ひず、我意にまかせ、政道よこしま無, 軍にいとまをも申さず、二万餘騎にて關東にぞ下りける、參川國は仁木多, ノ義長ト, 相和セザ, 國ニ下ル, 基氏國清, 國清兵ヲ, ルヲ責ム, 率ヰテ東, 南朝正平十六年北朝康安元年十一月二十六日, 七八一
頭注
- ノ義長ト
- 相和セザ
- 國ニ下ル
- 基氏國清
- 國清兵ヲ
- ルヲ責ム
- 率ヰテ東
柱
- 南朝正平十六年北朝康安元年十一月二十六日
ノンブル
- 七八一
注記 (24)
- 500,616,62,2200は天下しづか成べからずと、口々に申すによつて、將軍の御いきどほりふ
- 379,619,65,2204かく、義長退治の上意あり、西國南方いまだしづまらず、しばらく時節を待
- 1201,616,64,2207て亂をおこし、我が名代と號して、不義のくはだてをいたす、これ何の面目
- 965,611,65,2205道事もなげなる躰にて、仰の旨ふしぎにこそ候へ、定て讒人の申す事にて
- 616,609,61,2207禮不義なる事前代未聞なり、諸大名諸侍是をにくみ、目をそばたて、かくて
- 1553,613,62,2205畠山にのたまふやう、汝大軍を率して上洛せし事は、將軍より基氏をうた
- 1320,615,62,2200わたくしの宿意を達せんとおもふや、亂をしづむる迄はなからめ、かへつ
- 1670,613,66,2217山陰道を廻りて鎌倉に下著す、左馬頭基氏は、京都の有さま前立て聞給ひ、
- 847,617,65,2203ぞ候らん、仁木義長と不和になりたる事、それがしのしわざにあらず、義長
- 1437,615,64,2218がひ給ふ故に、其いきどをりをとゞめむがため也、何ぞ仁木と不和に成て、
- 264,612,63,2210給へと、諫言をこそ申て候へ、和田楠又蜂起せしむ、それがし天王寺へ發向
- 1085,613,62,2210ありてか、基氏今天下の人にまみえんやと、御氣色かはりて宣まふ、畠山入
- 1787,612,64,2220年の領地なり、守護代西郷彈正左衞門矢矧に出張して道をふさぎければ、
- 734,611,60,2214權にほこり、をごりによつて上意を用ひず、我意にまかせ、政道よこしま無
- 1902,610,65,2211軍にいとまをも申さず、二万餘騎にて關東にぞ下りける、參川國は仁木多
- 1041,258,41,166ノ義長ト
- 996,254,42,172相和セザ
- 1735,251,42,168國ニ下ル
- 1085,252,43,176基氏國清
- 1824,249,43,172國清兵ヲ
- 953,257,41,164ルヲ責ム
- 1780,250,41,175率ヰテ東
- 163,700,49,912南朝正平十六年北朝康安元年十一月二十六日
- 162,2422,45,110七八一







