『大日本史料』 6編 25 貞治2年3月~貞治3年7月 p.81

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す、まづ藏人懷國露拂の鞠をもて庭中にをく、やがて露拂の人數めしたて, て、見證の公卿の座とす、東の庭の北の砌に立〓にそへて、小文疊を南北へ, りをめさる、賀茂の輩參て、渡殿の座につく、鞠足の公卿殿上人次第に參著, 束拵、御殿の東西, とて、きぬかつぎなど、おどろ〳〵しくひしめく、門の内陣のうちより庭上, 集まる、大殿は夜べより直廬に候せらる、殿參らせ給ぬれは、事よくなりぬ, の座とす、其末に圓座十枚許りをしきて、同しき殿上人の座とす、東の渡殿, しきて、關白の座とす、その末に東西へ同しき疊四五帖を敷て、鞠足の公卿, まで、雜人たちこみて所なし、こと具しぬれば、まづ簾中に出御あり、御轤計, に、南北へ小文疊一帖を敷て、前關白の座とす、其末に東西へ同疊二帖を敷, かけらる、便宜の女房など、かいはみ侍所にや、未の時に、人々やう〳〵參り, の下の西の砌に圓座をしきて、賀茂の輩の座とす、小御所對のやに御簾を, の前の簀子を切さげて、〓綱の帖一帖を供して御座とす、東の庭の南の砌, 五間に、御簾をかけ渡して是をたる、南の三四間, 拂難きによりて、今月十一日なるべし、まづ辰の時に、爲遠朝臣參りて、御裝, とぞ聞えし、此内不參の輩多し、きのふ十日と沙汰有しに、雨の餘波庭の露, 南朝正平十八年北朝貞治二年五月十一日, 議定所向, 御鞠懸、, ニ候ス, 御座, 良基前夜, 簾中ニ出, ヨリ直廬, 御, 露拂, 延引, 南朝正平十八年北朝貞治二年五月十一日, 八一

割注

  • 議定所向
  • 御鞠懸、

頭注

  • ニ候ス
  • 御座
  • 良基前夜
  • 簾中ニ出
  • ヨリ直廬
  • 露拂
  • 延引

  • 南朝正平十八年北朝貞治二年五月十一日

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  • 八一

注記 (29)

  • 256,858,69,2207す、まづ藏人懷國露拂の鞠をもて庭中にをく、やがて露拂の人數めしたて
  • 1298,867,70,2195て、見證の公卿の座とす、東の庭の北の砌に立〓にそへて、小文疊を南北へ
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