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けて〓訖て、無爲に還幸なりぬ、後車竹林院大納言公重卿、諸大夫の馬をめ, 時、五條東洞院にて、騎馬乃武士兩三輩まいりあひけり、召次御牛飼なとは, やく、狼籍にをよひ、御車に矢を射かけてにけさりぬ、前代未聞の所行にこた。、, 沙汰嚴密にして、儉約の制なと當世に行はれ、山門南都にさへ嚴制を下け, しりむかひ、御幸なるだ下馬せよと誡仰とりしに、承引さす、恐るゝ儀もな, 〓かせ給て、天下もおちしつまる躰にだわたらけ給ふ、院中にても、文殿乃, 皇太子今避儲位於青闡之月、伴仙遊於射岫之雲、之文章を載られけおとか, し寄て、乘用供奉あり、彼狼籍人後日にあらはれて、誅戮さられぬる、天命に, れけるとだ、康永元年九月六日、仙洞持明院殿より伏見殿に御幸有還御の, や、されとも中二年はかりして、後醍醐又御沒落ありしかは、光明院御位に, 落〓、禪衣を著御、後に〓で。丹波國山國といふ所にて御修行、五十二歳おはし, だ侍る、〓應三年、八幡にうつし奉り、又賀名生に還御、河内の行宮にして御, す、兩院をもともなひ申さる、但程なく還幸、十二月、尊號を獻せらる、詔書に, 年六月、後醍醐院御入洛の事によりて、主上は御位を退き、東國のかたへ幸, 〳〵き、抑此記は、北畠准后親房卿, 南朝の寵臣として録, 後伏見、花園, 當朝にても准后の, 號ゆるされしなり, ヲ下シ給, 五條東洞, 院ニテ騎, 都ニ嚴制, 儉約ヲ守, 馬武士ノ, 暴難ニ遇, リ山門南, ヒ給フ, フ, 南朝正平十九年北朝貞治三年七月七日, 八八三
割注
- 當朝にても准后の
- 號ゆるされしなり
頭注
- ヲ下シ給
- 五條東洞
- 院ニテ騎
- 都ニ嚴制
- 儉約ヲ守
- 馬武士ノ
- 暴難ニ遇
- リ山門南
- ヒ給フ
- フ
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- 南朝正平十九年北朝貞治三年七月七日
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- 八八三
注記 (31)
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