『大日本史料』 6編 28 貞治6年5月~貞治6年12月 p.68

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一返牒なき時、宣旨をくたし、太宰府の返牒以下の事、, しなり、, 同六年十二月、牒状到來、又無禮によりて、返牒に及はす、, に壹まふ、權帥匡房卿これをつくる、勅宣のよしをのとす、宰府私の牒のよ, て、牒状をいたさす、仍宣旨を宰府に下はれてめさるゝ時、正文をい豊に、, 承徳元年五月、大宋國明州牒到來、太宰府の返牒を遣へきよし、官符を彼府, 建治元年五月、同十月、弘安二年七月、牒状到來といへとも、襲來の企あるに, はす、, 延喜七年五月、新羅牒状到來、文章博士等に仰て、太宰府の返牒を作てつか, 同八年十月、牒状到來、牒の使趙良弼ちきに天皇にたてまつるへきよし申, 正應五年十二月、高麗牒状到來、返牒なし、, 寛仁三年九月、高麗國の牒到來、太宰府返牒を下して、歸遣へきよし宣下あ, よりて、返牒をつかはさす、, 永承六年七月、高麗國牒到來、其禮なきによつて、宰府牒をつかはさす、, り、, 南朝正平二十二年北朝貞治六年五月二十三日, 等返牒ス, 同八年, 時太宰府, 建治元年, 承徳元年, 返牒ナキ, 朝廷ヨリ, 延喜七年, 正應五年, 寛仁三年, ル例, 弘安二年, 文永六年, 永承六年, 南朝正平二十二年北朝貞治六年五月二十三日, 六八

頭注

  • 等返牒ス
  • 同八年
  • 時太宰府
  • 建治元年
  • 承徳元年
  • 返牒ナキ
  • 朝廷ヨリ
  • 延喜七年
  • 正應五年
  • 寛仁三年
  • ル例
  • 弘安二年
  • 文永六年
  • 永承六年

  • 南朝正平二十二年北朝貞治六年五月二十三日

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  • 六八

注記 (32)

  • 1098,645,69,1564一返牒なき時、宣旨をくたし、太宰府の返牒以下の事、
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