『大日本史料』 6編 28 貞治6年5月~貞治6年12月 p.417

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從三位行子身まりりける比、人のとふらひ侍けれ, をくり置し露のありらをきてみれは苔の莚に月そやとれま, なから久しくとはぬ〓心より外れるよし申されし次に、おろらなら, 日にむらひ月に忘ぬこゝろをは〓ゝ半天に思日やらなん, 相續ヲ安堵セシメラルヽコト、正平七年二月十六日ノ條ニ、京都沙汰, ○公重、家門ヲ嗣グコト、建武二年六月二十六日ノ條ニ、南朝ヨリ、家門, ひ月に忘れぬ心をはたゝ中空に思ひやらなんとあ〓し返事に、, すりよはし侍し心の中も昔に露りはらぬなと有て、おくに、日にむり, なた跡の哀を人のとふたひに我もなみたの露そ落そふ, おなし比、りの墓所にまりりて、月をみて讀侍け〓、, 思ひあらしなけまとくら〓心をは月日もしらぬ時や有らん, 遍照光院入道前太政大臣, 遍照光院入道前太政大臣, 〔李花集〕雜歌住吉殿よりひんきの有しに、北山太政大臣の許より、思ひ, 〔新葉和歌集〕, は、遍照光院入道前太政大臣, リ遍照光院入道前太政大臣, リ、, 南朝正平二十二年北朝貞治六年九月三日, 十九, 哀傷歌, ほをられし次にト詞書アル後村上天皇ト宗良親王トノ御贈答歌ア, ニ中務卿宗良親王あつまにすみ侍し比、御心ち例ならぬよしなとお, ヲ公重ニ, 賜フ, 子ノ薨去, 從三位行, ヲ悼ム, 親王返歌, 南朝正平二十二年北朝貞治六年九月三日, 四一七

割注

  • 十九
  • 哀傷歌
  • ほをられし次にト詞書アル後村上天皇ト宗良親王トノ御贈答歌ア
  • ニ中務卿宗良親王あつまにすみ侍し比、御心ち例ならぬよしなとお

頭注

  • ヲ公重ニ
  • 賜フ
  • 子ノ薨去
  • 從三位行
  • ヲ悼ム
  • 親王返歌

  • 南朝正平二十二年北朝貞治六年九月三日

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  • 四一七

注記 (31)

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