『大日本史料』 6編 36 応安5年7月~応安6年正月 p.3

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進所也、, 向後更に不忠腹黒の儀あるへからす候、, 一去給候外、自餘の御坊領に、聊にても、内外につきて、或は甲乙人の寄進と號し、, 汰子細なく候、其外公家・武家の人々の先立て契約の事、互違亂のそみ申へからす候、, の祠官たりといふとも、音信向顔あるへからす候、, 或別相傳と稱し、後々末代子々孫々いらん煩あるへからす、互水魚の儀を可存候、, 右の元は、善法寺惣門跡道理に任て御得理の上は、御扶持を蒙、身命を續へきよし, 一如此和與申なから、善法寺殿了清御房に敵對をなし、不忠をいたすともから、傍輩, 清申給候所の勅裁、件の文書は案・正ともにあるへからす、爰當方の元應二年の尚, 清の状は、何と引失て候やらん、かつて不見及候、若後日に撰出候はゝ、不日に可, 一門跡相論の公驗文書、應長の讓状をはしめとして、一通一紙をのこさす渡進候、永, 一後嵯峨院以來、禁裏・仙洞宮々并將軍家の御師職はもとより、他の妨なく、申御沙, 渡進候、此上は案・正ありと稱し、異變煩なからんかために、自筆の起請文を同書, 申請につきて、扶持分として數ケ所の所領を去給候なから、扶持の芳志をわすれ申、, 敬白起請文條々, 門跡トシテ, ヲ新善法寺, 家將軍ノ御, 所領數箇所, ニ去渡ス, 師職ハ善法, 禁裏仙洞宮, 善法寺ハ惣, 起請文, 寺, 南朝文中元年北朝應安五年七月五日, 三

頭注

  • 門跡トシテ
  • ヲ新善法寺
  • 家將軍ノ御
  • 所領數箇所
  • ニ去渡ス
  • 師職ハ善法
  • 禁裏仙洞宮
  • 善法寺ハ惣
  • 起請文

  • 南朝文中元年北朝應安五年七月五日

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注記 (27)

  • 510,713,55,185進所也、
  • 1547,706,60,989向後更に不忠腹黒の儀あるへからす候、
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