『大日本史料』 6編 36 応安5年7月~応安6年正月 p.30

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院座をたちて、四まにて又御あんに申うけたまはる、次このあいたに院還御とてせけ, て、わかまいりて猶しいさせたまふ、このうへはにて二はいに水三四とすきいれり、, いたす、次御あんより御つかひありていま一とけんさむせんと申つる、光嚴院よりの, むしてのむ所に、猶ぬるき事いふはかりなし、北小路中納言もにらむ、次みなまかり, よりとる、次柳原に返、くたひるゝ事いふはかりなし、さけを四五とのみてねおはんぬ、, ねときはしりて、すてに還御かのよし仰あり、たゝいま四條に申ぬ、まかりいて候よし, んそゝめく、次御あん御たいめんのゝち、やかて光嚴院へまいる、兩御方の人々おし, 二十六日、, 明寺のうちをへて、すくに出京、御ことつけを四條中納言によく〳〵仰ふくむ、又か, 事鬼のことし、次かきおはりて、又燒香して、しはしてうはうしてまかりいつ、大光, 次御ちやまいる、このたひはさりともかんよかりなと思て、はらをもうめよかしとあ, あはせてくふ、次御ゑいのまへにてせう香、次御ゑいの御目まひをかく、ためあり墨, を申て、くるまにのりてかへる、道のはやき事おにのことし、松明をなわてのすゑほと, をする、内大臣けかたの寸法以下をとる、御あんの仰ニよりて、物忿にかく、かろき, ちか□と仰あり、さ候はゝ、きつと申、このあいた院はさゝはまいらて入御、新, 北朝雜訴沙汰、, 未、, 辛, 南朝文中元年北朝應安五年七月二十六日, 三〇

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  • 未、

  • 南朝文中元年北朝應安五年七月二十六日

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  • 三〇

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