『大日本史料』 7編 2 応永2年4月~同4年12月 p.420

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

事人口にいみしく、今の世まても云傳人待ル, 致サシム、, 一丈をふさかれけるとなん、もつともふしきの大木にてもありぬると、此, の汀に、南面にかまへたる三重の閣あり, 將軍義政創金閣寺、蓋其餘材也、亦三百年外物, 宿とそきこえけり、扨彼金かく三重の上の天井をは、一枚の板をもつて、方, 絶景無二の壯觀なり、これによりて、天子も龍顏殊うるはしく、廿餘日の上, て魚鼈枝にあそふ、又遠山をみれは、白雲花色をうはひ、薄霞出岳をゑとる、, より水上をのそむに、〓〓たる池崎うき草をうこかし、陰森たる緑樹影〓, 金閣新成、多用奇材云、寺僧無絃貽一異木、寔足珍、因手自造、并戲題一句、絶海, 老衲、按、絶海名〓中津、遊學明朝、有蕉堅稿、五リ山高僧也、後花園帝長祿丁丑、室町, 景連又藏一古杖、不知何材、古色可掬、草書刻銘曰、烏乎杖子似舟車、今茲丁丑、, 〔半江暇筆〕一絶海和尚杖, 〓-吉幕府、筑後三池康親ヲシテ、九州探題澀川滿頼ニ屬シテ、忠節ヲ, 二十日, 此閣, 〔兒玉〓採集文書〕〓究〓田所藏古文書寫, 兒玉〓採集文書〕, 四壁に金はくを押て、彩色の, 繪あれは、俗に金かくと云、, ○下, 略, 寅, 壬, 奇材ヲ用, 中津金閣, 作ル, ノ餘材ヲ, 金閣多ク, 以テ杖ヲ, 稱由來, 金閣ノ名, フ, 應水四年四月二十日, 八〇一

割注

  • 四壁に金はくを押て、彩色の
  • 繪あれは、俗に金かくと云、
  • ○下

頭注

  • 奇材ヲ用
  • 中津金閣
  • 作ル
  • ノ餘材ヲ
  • 金閣多ク
  • 以テ杖ヲ
  • 稱由來
  • 金閣ノ名

  • 應水四年四月二十日

ノンブル

  • 八〇一

注記 (35)

  • 1187,627,60,1332事人口にいみしく、今の世まても云傳人待ル
  • 377,541,67,315致サシム、
  • 1304,643,59,2179一丈をふさかれけるとなん、もつともふしきの大木にてもありぬると、此
  • 1886,636,56,1194の汀に、南面にかまへたる三重の閣あり
  • 608,622,61,1351將軍義政創金閣寺、蓋其餘材也、亦三百年外物
  • 1417,629,61,2193宿とそきこえけり、扨彼金かく三重の上の天井をは、一枚の板をもつて、方
  • 1536,632,60,2189絶景無二の壯觀なり、これによりて、天子も龍顏殊うるはしく、廿餘日の上
  • 1651,638,60,2199て魚鼈枝にあそふ、又遠山をみれは、白雲花色をうはひ、薄霞出岳をゑとる、
  • 1768,629,59,2200より水上をのそむに、〓〓たる池崎うき草をうこかし、陰森たる緑樹影〓
  • 839,627,61,2198金閣新成、多用奇材云、寺僧無絃貽一異木、寔足珍、因手自造、并戲題一句、絶海
  • 724,627,63,2192老衲、按、絶海名〓中津、遊學明朝、有蕉堅稿、五リ山高僧也、後花園帝長祿丁丑、室町
  • 956,626,61,2205景連又藏一古杖、不知何材、古色可掬、草書刻銘曰、烏乎杖子似舟車、今茲丁丑、
  • 1051,586,101,881〔半江暇筆〕一絶海和尚杖
  • 483,813,79,2018〓-吉幕府、筑後三池康親ヲシテ、九州探題澀川滿頼ニ屬シテ、忠節ヲ
  • 495,546,64,221二十日
  • 1887,2697,54,127此閣
  • 240,584,102,1317〔兒玉〓採集文書〕〓究〓田所藏古文書寫
  • 244,603,95,591兒玉〓採集文書〕
  • 1914,1841,45,830四壁に金はくを押て、彩色の
  • 1870,1846,43,763繪あれは、俗に金かくと云、
  • 1215,1982,41,119○下
  • 1172,1990,42,39
  • 486,787,42,42
  • 528,778,42,48
  • 846,272,43,168奇材ヲ用
  • 647,271,40,171中津金閣
  • 517,270,37,75作ル
  • 603,278,39,158ノ餘材ヲ
  • 892,272,42,167金閣多ク
  • 559,270,40,166以テ杖ヲ
  • 1866,275,42,122稱由來
  • 1913,273,39,169金閣ノ名
  • 810,275,31,32
  • 162,714,44,387應水四年四月二十日
  • 160,2421,49,119八〇一

類似アイテム