『大日本史料』 7編 3 応永4年是歳~同6年6月 p.160

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入室あるへきにさため申さるゝところに、不慮の聖運をひらかせ給て、御, と御中よく申つうせられ侍る、その頃將軍はようせうにて、執事細川武藏, もあらす、ふしやうのはからひとして申をこなふ、此宮は、妙法院の門跡へ, 守頼之朝臣、天下の事はとりさた申ほとに、たいりにては、近き臣とも内談, 宮は廢せられて、光嚴院第二宮、同八月十七日踐祚あり、ちゝの御ゆつりに, しそんまて繼躰四代にをよへり、さて延文二年二月十八日、上皇はふしみ, 院以來正統につたはる、しかれは法皇の御ゆつりをうけて、上皇御官領あ, きよしをさいさむおほせらる、御理運勿論とはそんし申なから、たいりよ, り、御堂御領知行する諸家、みなこのゐんに奉公す、さてたいりは、ふしみ殿, ありて、御讓國のさたやう〳〵風聞せしかは、ふしみ殿より、榮仁親王踐祚, の離宮に還御なる、閑素にてまします、兩法皇もせんはうもみな還御なる、, の事、後深草院以來正嫡にてまします御理運の次第を、日野中納言教光卿, 久以來は、武家より計らひ申す世になりぬれは、いかにも申さたせらるへ, をちよくしにて、ふけへおほせらる、御返事は聖斷たるへきよしを申す、承, そも〳〵長講堂、法金剛院領、〓田社領、同別納、播磨國衙、同別納等は、後深草, 幸イ, 所ヲ傳領, 長講堂領, 等ノ御料, アラセラ, 應永五年正月十三日, 一六〇

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  • 所ヲ傳領
  • 長講堂領
  • 等ノ御料
  • アラセラ

  • 應永五年正月十三日

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  • 一六〇

注記 (22)

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