『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.47

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

をのへてつくりとゝのへさせ給ふ, 所にて十樂院座主宮安鎭法ををこなはせ給ひし、, す侍りしに、今かゝる御所になされて、むかしにも立まさりて、玉をしき金, とて、内外の御祈、とり分御さたあり、十樂院宮、聖護院僧正御房、かはる〳〵, くはしき事はしり侍らす、かやうに御心をとゝめて、御さたなからましか, きゝもをよひ侍らす、まことやらん、なにかしの僧都とかや、花山院にて此, 此法は, 法を行ひし故に、今まてつゝかなく侍るとそ申傳たる、今年はまた御重厄, 造内裏の時は、應和、長和、永承、天喜、延久なと度々其例も有やらん、ちかくは, 建長に閑院殿、文保に富小路殿にてをこなはれけるとかや、其後はいたく, 月ことにをこたらす御壇所に候はせ給ひて、山門、寺門の大法祕法のこる, は、西園寺もたゝ名計こそあらむすらめとおほえたり、これもよろすをす, にまはゆきまてに侍るとそうけ給る、いまたよくもおかみまいらせねは、, もせられねは、あそここゝやふれて、さしもみかきみかゝれし所ともみえ, 山門四ケの大法の隨一にて、左右なくをこなはるゝ事はなしとそ承はる、, て給はぬ御めくみのあまりにこそ、扨もこその四月にて有しやらん、此御, 舍利殿なとはまめやか, ○四年四月十, 六日ノ條參看, ○五年四月二十, 二日ノ條參看, 義滿ノ重, 厄, 應水六年九月十五日, 四七

割注

  • ○四年四月十
  • 六日ノ條參看
  • ○五年四月二十
  • 二日ノ條參看

頭注

  • 義滿ノ重

  • 應水六年九月十五日

ノンブル

  • 四七

注記 (25)

  • 1629,701,60,1056をのへてつくりとゝのへさせ給ふ
  • 1048,696,65,1505所にて十樂院座主宮安鎭法ををこなはせ給ひし、
  • 1743,704,62,2189す侍りしに、今かゝる御所になされて、むかしにも立まさりて、玉をしき金
  • 356,693,60,2186とて、内外の御祈、とり分御さたあり、十樂院宮、聖護院僧正御房、かはる〳〵
  • 1397,700,57,2188くはしき事はしり侍らす、かやうに御心をとゝめて、御さたなからましか
  • 585,692,62,2203きゝもをよひ侍らす、まことやらん、なにかしの僧都とかや、花山院にて此
  • 1051,2702,53,181此法は
  • 470,689,63,2199法を行ひし故に、今まてつゝかなく侍るとそ申傳たる、今年はまた御重厄
  • 820,693,61,2188造内裏の時は、應和、長和、永承、天喜、延久なと度々其例も有やらん、ちかくは
  • 704,690,62,2196建長に閑院殿、文保に富小路殿にてをこなはれけるとかや、其後はいたく
  • 240,686,59,2194月ことにをこたらす御壇所に候はせ給ひて、山門、寺門の大法祕法のこる
  • 1285,704,57,2185は、西園寺もたゝ名計こそあらむすらめとおほえたり、これもよろすをす
  • 1514,704,55,2209にまはゆきまてに侍るとそうけ給る、いまたよくもおかみまいらせねは、
  • 1861,703,60,2189もせられねは、あそここゝやふれて、さしもみかきみかゝれし所ともみえ
  • 934,696,60,2215山門四ケの大法の隨一にて、左右なくをこなはるゝ事はなしとそ承はる、
  • 1166,697,61,2205て給はぬ御めくみのあまりにこそ、扨もこその四月にて有しやらん、此御
  • 1629,2204,56,690舍利殿なとはまめやか
  • 1659,1773,42,404○四年四月十
  • 1614,1778,43,402六日ノ條參看
  • 1080,2201,42,468○五年四月二十
  • 1035,2212,42,397二日ノ條參看
  • 382,329,42,173義滿ノ重
  • 339,329,38,40
  • 143,768,44,389應水六年九月十五日
  • 139,2506,42,82四七

類似アイテム