『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.55

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へ南へ、一條を東、たかくらをのほりに、法界門に入て北へ、相國寺の南のつ, 御車にめさるれは、聖護院僧正御房御簾にまいり給ふ、先陣後陣をしこみ, て、供奉の人々すゝみあへねは、しはし御車をゝさへて御覽せらる、惣門を, 花のかたはらの深山木なり、けにもおほくの中に一人えらひすくれて、け, ふをはれとしたることなれは、なしかはなへてにはあるへき、門の外にて, 朱雀院の行幸に、光源氏青海波の姿も是にはまさらしとそたほえたる、か, ことなり、われはと思ひあかりたる諸門跡の上童ともゝ立ならひては、猶, さしの菊もかほの匂にけをされたる心ちす、かたちようゐまことに人に, 御出の程よりそ、やう〳〵行列もさたまりたる、御道は高橋より東へ、大宮, 橘知興、隨身二人、舍人二人、如木一人、雜色四人、, いかきのとを東、まての小路を北へなり、まつ殿上前駈下薦をさきとす、, たるをめしくせらる、いつれも目をおとろかしたる見物にてそ侍る、かの, 菅原長政、隨身二人、舍人二人、如木童一人、雜色四人、, 雅清、飼副二人、, 隆光, 左衞門佐(西大路), 飛鳥井侍從, 道筋, 乘車, 行列, 行粧, 應永六年九月十五日, 五五

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  • 飛鳥井侍從

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  • 道筋
  • 乘車
  • 行列
  • 行粧

  • 應永六年九月十五日

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  • 五五

注記 (23)

  • 827,684,61,2186へ南へ、一條を東、たかくらをのほりに、法界門に入て北へ、相國寺の南のつ
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