『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.234

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刀打振て懸れは、二百餘騎大内一人り威勢に恐れ、足もためす三町はかり, そ逃退く、壹とへは師子忿て吼時は、百千の獸お乃ゝき逃くるかくやと, 大將にはなれぬ者とも、思々心々に打死す、弓箭取は前途の高名をしたれ, にて、大内を取こめ責戰ふ、大内に相從者十餘人ありけるか、みな深手負引, に怒て、日本一の云甲斐なしとも、一人も乃か□□□きそと云て、例の長太, とも、最後の死場わろきれは名を失事也、我に於は大將を離すして、其前に, そみへたりける、大内なを尾張守を打取らむと切てかゝる、尾張守百餘騎, 國住人富田と云者、此二三日のほとに、管領の手に降參したりけるか、是こ, て打死さんとて、命をすて、名を後代にあけんと、大將の前に塞る、大内は民, にて懸入けり、屋張守を目にかけ、卅騎はかりにて懸合て、散々に戰ぬ、敵御, 退く、殘とゝまる物とては、森の民部丞也、民部思きるやうは、日比にかはり、, 部を討をしと、向敵はそはより切ておとす、民部は大内を討さしと、前に進, そ大内にて候へと尾張守に告きれは、さらは打取んとて、尾張守二百餘騎, 方は知らす、やにりに死する者百餘人、大内か後に引かへたりきる國人二, 百餘騎、本より内通したりきれは、管領の手に一所になる、大内是を〓臼ビ, 同滿家, 應永六年十二月二十一日, 二三四

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  • 同滿家

  • 應永六年十二月二十一日

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  • 二三四

注記 (18)

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