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ひける、, て念佛利盆し給へとて、人々供養をさゝけしかは、此所にて日をかさね、道, の汚穢を許し給ふ御札を受奉らむと、貴賤群集をなし侍れは、聖札をあた, る、此所に一寺を建立して、神護永法寺と名付、上足の内阿彌陀佛を殘し置, なりしかは、萬人聖の十念を請、汚穢をゆるし給ふ神印を受てそとをりけ, へ來り給へとて、人々尊敬し奉り、關寺のかたはらに小庵を建て參らせし, に、人々あつまり、大神宮の御神託を請られし聖そとて、瞻仰して、暫此所に, るし給ふ御札を出し給ふに、門前市をそなしにける、かくて聖は京都へ登, り給ふ、山科の天智天皇の山陵にて、日中の行法を勤、それより都へそ入給, 路のちまたにて、六時の行法を修せられけるに、初春より參宮の道俗布引, 永徳二年の秋、關の地藏堂にて、日中の行事を勤給ふに、參詣の諸人、大神宮, 々の萬人〓仰する事いふ計なし、阿野の津といふ所にて宿をとられける, かは、則正福寺と名付、此庵室にて暫念佛利盆し給ふ、此所にても汚穢をゆ, へて過行給ふに、大津打出の濱につかれしかは、大神宮加護の聖こそ此所, 廿一, 近江逢坂, 行法ヲ勤, 日中行事, 永法寺ヲ, ノ山陵ニ, 倉ム, ニ正福寺, 地藏堂ニ, ヲ創ム, 寶藏院ノ, テ日中ノ, 山城山科, 津ニ神護, ヲ勤ム, 伊勢阿濃, 法ヲ修ス, 應永十二年九月十一日, 四二八
頭注
- 近江逢坂
- 行法ヲ勤
- 日中行事
- 永法寺ヲ
- ノ山陵ニ
- 倉ム
- ニ正福寺
- 地藏堂ニ
- ヲ創ム
- 寶藏院ノ
- テ日中ノ
- 山城山科
- 津ニ神護
- ヲ勤ム
- 伊勢阿濃
- 法ヲ修ス
柱
- 應永十二年九月十一日
ノンブル
- 四二八
注記 (33)
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