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靈山寺の縁起に、此地のことありやと尋みるに、舊本縁起は紛失してなし、, あり、是かもてる所の山を國阿に授、國阿則地をたいらけて寺となせり、今, 富民の子孫なるへし、且毎年暮におよひ、煤拂の時節、松本の村民理不盡に, 靈山正福寺の藪に來りて、煤拂竹を切とる、是も其むかし靈山國阿上人へ, 新調の縁起十一卷あれとも、此地のことなし、相傳國阿一日此地に來れり、, 授しとき、其約束有しとなん、今は彼富民の子孫も貧民となりて、田地を賣, の靈山正福寺是なり、國阿より件の謝禮の状松本の者所持してありし、彼, と、見聞隨身抄に見へたり、然は此地はそれより以來のことなるへし、洛東, 大津松本邊の村民歸依〓仰の思ひをなすもの多し、中にも松本の一富民, 國阿彌上人傳播州之住人、安氏、箸崎國利子、諱國明、父母以無子、祈十一面, 拂ひ、何地へか行けん、一榮一落あはれむへきことなり、今正福寺京師の靈, 觀自在像、而感得靈告、生成、人聰明也、文和四年、四十二歳而遁世發心、號國阿, 靈山にあり、時宗、國阿上人の開基也、洛東の靈山寺は元慶八年甲辰に建る, 彌陀佛, 〔近江國輿地志略〕, 〔近江國輿地志略〕志賀郡三正福寺, 已下略す、當, 寺縁起意, 志賀郡三, 八, 近江正福, 寺, 應永十二年九月十一日, 四六四, 四六四
割注
- 已下略す、當
- 寺縁起意
- 志賀郡三
- 八
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- 近江正福
- 寺
柱
- 應永十二年九月十一日
- 四六四
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- 四六四
注記 (25)
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