『大日本史料』 7編 9 応永14年7月~同15年4月 p.254

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給ひ、寺院の僧衆は法滅の煙に胸をこがす、老若足を翹てゝこれをかなし, 味をうくべしと、請せられし事度々也といへども、誰人ともしらず、いかな, ほのほ、黒煙の中より四方に飛ちりて、佛殿鐘樓經藏すべて同時に燒あが, 元をもつて開山とせられ、興法弘道の砌り、佛心眼藏の場、まことに殊勝の, る國とも辨へず、又彼神人來り給へは、一の金龍付したかひ、我か衣の袖に, いり、青白の鳩來りて、我か膝の上に留ると覺ゆ、更に其由をしらす、心中に, 願くは和尚我か國に渡りて、佛法を弘通し給へ、然らは我守護を加へて、法, 世にけたかく、首に冠をいたゞき、手に笏を正しくして、我に向ひていはく、, り、山門拜堂にいたるまで、一時のほどに灰燼となり、猛火地に滿て、餘煙雲, 因縁なきにあらす、宋國に在し日、禪定の中に嘗て奇異の神人をみる、其姿, 靈地なり、其比禪師此寺に移住して、弟子に語り給はく、我此日本に來る事, み、貴賤手を握りて是を歎く、往當北條相模守平時宗建立して、佛光禪師祖, を犯す、左兵衞佐殿は門前に馬をひかへられて、回祿の災に世をあやぶみ, 圓覺寺の塔中より火もえ出て、魔風しきりに吹まよひ、車輪のことくなる, 同じき十一月六日巳の刻はかりに、, 應永十四年十一月六日, 永十六年六月二十九日ノ條ニ收ム、, ○上略、鎌倉府火災ノコトニカヽル、應, 出火, 塔頭ヨリ, 二五四

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  • 永十六年六月二十九日ノ條ニ收ム、
  • ○上略、鎌倉府火災ノコトニカヽル、應

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  • 出火
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  • 二五四

注記 (21)

  • 1291,642,61,2200給ひ、寺院の僧衆は法滅の煙に胸をこがす、老若足を翹てゝこれをかなし
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