『大日本史料』 7編 19 応永20年12月~同21年3月 p.377

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

り、是乃肉身の文殊也、守密覺て此地に尋來り、師に見て問て曰、如何是眞活文殊、師, 也、秀郷の劒、光氏傳へて當山に有り、長三尺壹寸、抑偉仙和尚、永和年中同郡名草の, 拜して云、我輩師の來るを待事久し、願くは此地に伽藍を造立し、大に正法を弘め、普, せんと誓て、丹後の九世戸に參籠し、祈る事七日、或夜夢中に衣冠嚴なる童子現れ、守, 默して、只面目を露し給ふ、密覺へす遍身汗流て禮拜して退ぬ、是より時の人、師を呼, 惠心大僧都之靈作ニて、古來靈驗を蒙るもの擧てかそへかたし、則開山法徳禪師、自安, て、當山の鎭守たり、又武州河越の沙門守密といふ者ありき、常に文殊大士の肉身を拜, 山中に靜處を占、禪定を修し給ふ、坐禪石彼山中にあり、然るに時行道山上に紫雲靡を, 密に告て曰、汝大士の好相を拜せんと思はゝ、下野國行道山に往へし、偉仙といふ人あ, く衆生を濟度し給へ、我輩永く守護神と成り、譬山萠石裂とも、人の命を損る事なから, て文殊の化身なりといふ、委は本朝高僧傳并延寶傳燈録等に見へたり、本堂正觀世音、, んと言了て見へす、師爰におゐて伽藍を創建し、傍に一社を建て、熊野大權現と號し, 菴を結はん事を思ふ、時に淨行の異人あり、一人は心月、一人は圓音と名く、彼兩人再, 祖は敕諡法徳禪偉仙和尚、俗姓は藤原氏、俵藤太秀郷十四代結城上野入道光氏の嫡子, 見給ひて、此地に來り給ふに、果して空中に鈴の響を聞く、即靈地なる事を知て、心に草, 禪師, 熊野大權現, 淨因寺鎭守, 肉身ノ文殊, 勅諡號法徳, ト崇メラル, 應永二十一年正月二十五日, 三七七

頭注

  • 禪師
  • 熊野大權現
  • 淨因寺鎭守
  • 肉身ノ文殊
  • 勅諡號法徳
  • ト崇メラル

  • 應永二十一年正月二十五日

ノンブル

  • 三七七

注記 (23)

  • 663,617,75,2232り、是乃肉身の文殊也、守密覺て此地に尋來り、師に見て問て曰、如何是眞活文殊、師
  • 1728,619,77,2232也、秀郷の劒、光氏傳へて當山に有り、長三尺壹寸、抑偉仙和尚、永和年中同郡名草の
  • 1323,609,74,2242拜して云、我輩師の來るを待事久し、願くは此地に伽藍を造立し、大に正法を弘め、普
  • 894,615,74,2238せんと誓て、丹後の九世戸に參籠し、祈る事七日、或夜夢中に衣冠嚴なる童子現れ、守
  • 549,609,74,2241默して、只面目を露し給ふ、密覺へす遍身汗流て禮拜して退ぬ、是より時の人、師を呼
  • 320,601,73,2246惠心大僧都之靈作ニて、古來靈驗を蒙るもの擧てかそへかたし、則開山法徳禪師、自安
  • 1007,617,78,2239て、當山の鎭守たり、又武州河越の沙門守密といふ者ありき、常に文殊大士の肉身を拜
  • 1628,622,74,2234山中に靜處を占、禪定を修し給ふ、坐禪石彼山中にあり、然るに時行道山上に紫雲靡を
  • 778,610,74,2240密に告て曰、汝大士の好相を拜せんと思はゝ、下野國行道山に往へし、偉仙といふ人あ
  • 1222,612,76,2239く衆生を濟度し給へ、我輩永く守護神と成り、譬山萠石裂とも、人の命を損る事なから
  • 433,615,72,2201て文殊の化身なりといふ、委は本朝高僧傳并延寶傳燈録等に見へたり、本堂正觀世音、
  • 1120,616,72,2235んと言了て見へす、師爰におゐて伽藍を創建し、傍に一社を建て、熊野大權現と號し
  • 1425,611,77,2242菴を結はん事を思ふ、時に淨行の異人あり、一人は心月、一人は圓音と名く、彼兩人再
  • 1831,616,75,2242祖は敕諡法徳禪偉仙和尚、俗姓は藤原氏、俵藤太秀郷十四代結城上野入道光氏の嫡子
  • 1525,617,77,2239見給ひて、此地に來り給ふに、果して空中に鈴の響を聞く、即靈地なる事を知て、心に草
  • 1819,244,41,86禪師
  • 1003,238,45,217熊野大權現
  • 1050,239,41,216淨因寺鎭守
  • 587,235,46,218肉身ノ文殊
  • 1864,243,43,218勅諡號法徳
  • 542,239,42,208ト崇メラル
  • 228,719,48,522應永二十一年正月二十五日
  • 219,2373,44,123三七七

類似アイテム