『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.295

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年を隔といへとも、かのもの役小角の驗法を受、長生をたもち神力を成しゆへ、師の, 雲霧立ふたかり、雨風吹きて見えすなりぬ、さてかのひしり横川の寂定にかへりまい, りしに、井の水にくろきのすゝうかひけるを師とり給ふて、きのふの念珠かへすとて, あたへ給ふ、かのひしり師の御弟子達にありしさまかたりてをそれけるとそ、抑邱行, の本地見奉らんとしは〳〵祈しに、ある夜の夢に、雲の中に神龍のかたちあらはれ、, ひしかは、かたえの人のいはく、此舟のあるしは當時御治山なれは乘給はすといへり、, 道力をうかゝはむとて來りしを、かれか驗慢をおさへんかため、龍身の現しておとろ, りたる人なく海上に泛々としてうかへり、いかにしてか此舟にあるしはいませぬとゝ, 横川の僧正と金字の銘あさやかにすはれり、かの人うつし心もうせて物もおほえす、, 者といふものは、大寶二年能登島より來て越知山の泰澄につかへける、はるかに數百, うたかひなく優鉢羅龍王の所變にてそおはしける、又華山の僧都嚴救といふ人、御廟, 念珠をなけすてて、ふしまろひけるに、すゝの龍の角にから〳〵とかゝれるをとして、, かし給ふ、又或人の夢に、八大龍王八艘の舟をうかへて大海を渡しに、最後の舟はの, 電光のことく、かたち蜿々として、いきほひ矯々たる物あり、左には跋難陀、右には, 嚴救良源ノ, 本地ヲ見ン, トス, 寛和元年正月三日, 二九五

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  • 嚴救良源ノ
  • 本地ヲ見ン
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  • 寛和元年正月三日

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  • 二九五

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