『大日本史料』 7編 21 応永21年12月~同年雑載 p.131

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根無智の衆生を濟度せしめむかためなり、夫法性平等なれは、凡聖へたてなく人々具足し、, 箇々圓成して、寂用湛然なりといへとも、元初一念の無明一たひ起しより以來、本有不生の, 霞をわけ、堪忍世界の塵にましはり、正覺を取て歸本の跡を示給に、衆生の機性まち〳〵な, 洛中邊土の道俗男女、雲のことくにのそみ、星のことくにつらなりて群集す、是ひとへに鈍, 本源をさとりて生死を解〓するものなり、其中に頓機なる人は言下にむねを得て、こゝろに, 清涼寺の融通大念佛は、道御上人上宮太子の御告により、良忍上人の遺風を傳て、弘安二年, れは、隨宜の演説八萬の門をひらきまします、半滿頓漸門々ことなりといへとも、皆一心の, 能所なく、無所住の大解〓に住して、大千沙界自己の胸襟なれは、頭々物々無窮の大用をつ, に始行し給しより以來、とし久しく退轉なし、毎年三月六日より同き十五日にいたるまて、, 眞智を亡して、本覺の都をへたてゝ、生死の幻野に塵劫を送れり、爰大覺世尊、無勝莊嚴の, 依良鎭上人所望染筆者也、, 應永二十一年, 法印權少僧都承盛(花押), 明徳元年, 右此融通念佛勸進之繪、六十餘州悉隨所望待賦傳之、令勸進給之云々、此願尤隨喜之間、奉, 合力開板者也、願以此善願功力、及父母六親眷屬、同得往生、無邊群生平等利盆矣、, 「禪住坊, 七月八日開板成阿判, 十二月十七日, 十二月十七日法印權少僧都承盛(花押), 午, 甲, (附箋), 庚, 午, 應永二十一年是歳, 一三一

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  • (附箋)

  • 應永二十一年是歳

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  • 一三一

注記 (27)

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