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一類・倉賀野を初として、武州に丹黨・荏原・蓮沼・別府・玉井・瀬山・〓尻、甲州, します、是に依て、連枝一家もうとく隔たり、諸將侍民も怨みをふくむ人少からす、, 禪秀大に悦ひ、虚病を搆へ出仕をとゝめ、滿隆の廻文に禪秀己か状を添て、ひそかに, の間、怨をふくみ憤をりを存する者これおほし、君日來の御心さし、徳を布し道をま, 叔父新御堂殿ひそかに謀りて、鎌倉の世を傾けはやと思ふ心そ付にける、同廿三年八, 東國にふれめくらす、同意の輩には千葉新介・新田・岩松・澁河左馬助・舞木太郎か, 一味の人諸國に有へく候、早く祕計をめくらし給へと申けれは、滿隆やかて領掌あり、, に武田、信州に小笠原、豆州には狩野の一族、相州には曾我・中村・土肥・土屋の輩、, もり、惠みをもつて人を捨給はす、恩をもつて他をあはれみたまふ、陰徳すてに時い, 氏の御行跡よろつ雅意にまかせ、無禮非道なる事、はなはた人望に背き給へり、諸國, 月に、上杉入道禪秀此色を見て、滿隆の家に行て謀反の事を申すゝめたり、今これ持, 近比持氏政道のおこなひ理非正しからす、心に任せて進退し、無禮にして短慮におは, たりぬ、若思しめし立給はゝ、誰かそむき申へき、禪秀又同意仕る程ならは、東國の軍, 常州には名越一黨・上總入道・佐竹の一族・小田太郎・常陸大掾・小栗左近丞、野州, 應永二十三年十月二日, 一二六
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- 應永二十三年十月二日
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- 一二六
注記 (16)
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