『大日本史料』 7編 26 応永23年雑載~同24年正月 p.504

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つく命をまつ、風の梢を渡る音まても、あはや敵よとむねをひやし、額を合せて泣より, 外の事なし、滿隆仰せけるは、弓矢とる身の家に生れ、思ひ立事の本意をとけす、利を, を堅めんとするに、軍兵ちり〳〵に落うせて、手わけをいたすへきやうもなし、其間に, 佐竹軍兵をすゝめて鎌倉にをしかゝり、四方に手くはりして口々を切ふさき、一人もも, 味方打勝たり、すゝめや兵共とて、眞先にかけて責立るに、跡をも見かへさす、我さき, 仲・滿隆・禪秀以下男女わつかに百余人、雪の下にあつまりて、湛水の魚のことくちか, にと逃散けれは、持仲も禪秀も心ならす引立られ、鎌倉をさしてしりそき歸りて、口々, りてのかるへく、魚ならは水を潛りても逃へきを、岩を擘地を穿つへきやうもなし、持, そ有けれ、持仲の旗本よりくつれ立て、軍兵ちり〳〵に落て行、佐竹これを見てすはや, 打死すへかりし者か、一日の命をおしみてこれまて引返し、味方の兵とてはこと〳〵く, らさしと取堅めしかは、近國の武士馳くはゝり、軍兵雲霞のことし、鳥ならは空をかけ, 落うせ、敵はや四方より責近つくとみえて、時の聲只こゝもとに〓に聞ゆ、云甲斐なき, 失ひ軍に負て、死すへき所に死をのかるれは、きたなき耻を見るといへり、昨日の軍に, 者共に生捕れ、尸を馬蹄の草むらにさらし、耻を死後の人口に殘さん事も口惜く覺えた, 應永二十四年正月十日, 五〇四

  • 應永二十四年正月十日

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  • 五〇四

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