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をくやみ、いかにもして鎌倉殿の御勘當をゆるされ奉らはやとおもひける折ふし、此よ, 騎を同時に打いれ、川を渡し、時を作りてせめかゝる、舞木は時の聲をも合せす、態敵, 事也と思ひて、我も〳〵と馳あつまり、其勢八百よ騎、舞木宮内丞を大將として、同五, を渡させ、川はた二町斗をへたてゝ陣を備へ、敵半渡しかゝるを見すまし、興とおめい, 左往に亂れ立て、軍の事は思ひもよらす、我先にと落行方をもとむるより外の心なし、, 邊に出張し、在々を放火し兵糧を掠とる、舞木宮内丞は、初め禪秀・持仲に一味せし事, て懸たりけれは、岩松か五百余騎、立足もなくまくり亂れ、南北に散わかれ、あるひは, 月廿九日入間川に出向ひしかは、例の大速なる岩松治部太輔、我か武勇のほこさきは日, 有まし、早く出て忠戰をいたさるへしと申けれは、人にかくれ世をおそるゝ輩、究竟の, 來に見知へき物を、舞木か軍立おそるゝにたらす、たゝ一揉に蹴ちらさんとて、五百よ, をあらはし、左馬頭殿の欝憤を散し奉り、本領安堵せすは、以來にをひては悔ともかひ, 川に追はめられ、馬人共に流るゝもあり、或は鞭にあふみを合せて、逃行もあり、右往, しを聞つけ、別府・玉井・南部・中村か一族にふれめくらし、此度岩松を對治し、勲功, 折ふしこの比降つゝきたる五月雨に水かさ増り、しかも濁りて流れしかは、瀬枕に馳か, 應永二十四年閏五月十三日, 一九八
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- 應永二十四年閏五月十三日
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- 一九八
注記 (16)
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