『大日本史料』 8編 1 応仁元年正月~同2年7月 p.365

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去ぬる八月中、細川計略によつて, 江入申、俄に御纒頭事舊畢ぬ、然る上者、公方に對して、別心の御義ましまさ, れは記するにあたはす、候人一同して申樣、しはらく代靜まらん裏、都の外, に執沙汰す、爰に當國の守護一色方今度西方と成て御敵たる間、國の守護, の方へ通する類ひこれ多し、聞懸に沙汰をらるゝ事度々におよふ、事繋け, へ御座所を尋手申に、伊勢の國國司の館生山と云所あり、内々此旨を思擇, ゝるに、軍中の申事云はかりなき次第共也、これによつて、東乃御軍より西, を助け申をと云御下知也、上意たる上者餘儀なし、國司奉行して一國平均, め奉り、將軍家え移し奉り、其後今出河殿え案内を啓し奉る、同く將軍御所, 也云々、, とおほえたり、則上意として國中半齋の御成敗あり、是は今出川殿御在國, 先禁裏仙洞兩殿を寶〓を勸, 一、伊勢國司教具卿、此間數日長谷寺經〓云々、何事用哉、不審也云々、, す、隱密の義を以て上聞に達す、此企て神妙也と申上意なり、こによつて, 〔應仁略記〕下今出川殿伊勢の國御下向乃事, 十月の初、帝都を御出、伊勢の國司の館生の山家へ入申、寂寞の閑居御本懷, 上に録する, 并翌年御歸洛、付タリ多武, 〓こし、, 峰合戰、一色世保生涯事, (八月ノ誤〕, (の鳳カ、, ノ半濟ヲ, 山ニ居ル, 義政伊勢, 伊勢生ノ, 義視ニ付, 義視出亡, ノ理由, 應仁元年八月二十三日, 三六五

割注

  • 上に録する
  • 并翌年御歸洛、付タリ多武
  • 〓こし、
  • 峰合戰、一色世保生涯事
  • (八月ノ誤〕
  • (の鳳カ、

頭注

  • ノ半濟ヲ
  • 山ニ居ル
  • 義政伊勢
  • 伊勢生ノ
  • 義視ニ付
  • 義視出亡
  • ノ理由

  • 應仁元年八月二十三日

ノンブル

  • 三六五

注記 (31)

  • 1477,750,56,921去ぬる八月中、細川計略によつて
  • 1251,753,66,2042江入申、俄に御纒頭事舊畢ぬ、然る上者、公方に對して、別心の御義ましまさ
  • 928,750,63,2036れは記するにあたはす、候人一同して申樣、しはらく代靜まらん裏、都の外
  • 279,738,62,2045に執沙汰す、爰に當國の守護一色方今度西方と成て御敵たる間、國の守護
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  • 1142,763,64,2032ゝるに、軍中の申事云はかりなき次第共也、これによつて、東乃御軍より西
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