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御方へ可參よし、御返事有、花の御所細川殿へ御參り有り、勝元大によろこ, ひ、頓〓御對面有り、則公方樣被懸御目、二百餘日花の御所の御けいこ有し, 〓は、京都の合戰には、此方志を通な人々あまた候へは、君の御けいこも、心, 催し、京都の御難義あらは、馳上なへき由の御用意にて、京家の御一左右を, とも、義忠は、公方の御けいこの爲に罷登り候、何方にても、義政御所の御座, 相待給ふ處に、京都公方樣き、管領細川右京兆勝元御一味にて、花の御所に, かは、其後山名殿播磨國へ下向有り、御敵皆降參ありしかは、細河殿被申ぎ, の人々、三河遠江より、やゝもすれは武衞義康に屬し〓、せめ上り候へは、御, 波守等也、御上洛有しかは、山名殿よりも、道迄御使有、色々頼み御申有しろ, 安いたし候へし、此程は毎度味方勝色に候へは、萬事思置事なし、只東海道, 御座、今出河殿は伊勢國へ御下向有りしか、, 陣原、小笠原、笠原、濱松、庵原、新野を先とし〓、後陣は高木藏人、葛山、朝比奈丹, 鬪爭かきりなし、今川義忠公は、豆〓樣と御相談有り、分國の仕置有、軍勢を, 後には西陣へ御上洛有、山名方へ迎奉なと聞えとる間, 今川義忠、いつまてかく〓有へきとて、分國の勢千餘騎引卒し、先, ○義視ノ伊勢二逃レシコト、應, 十三日二, 仁元年八月二十三日二アリ、, 見エタリ, ○義視、持豐ノ陣二, 投ゼシコト、十一月, シテ入京, 幕府ニ至, 政知ト議, 幕府ノ警, 義忠足利, 固二任ズ, 應仁二年是歳, 三七七
割注
- ○義視ノ伊勢二逃レシコト、應
- 十三日二
- 仁元年八月二十三日二アリ、
- 見エタリ
- ○義視、持豐ノ陣二
- 投ゼシコト、十一月
頭注
- シテ入京
- 幕府ニ至
- 政知ト議
- 幕府ノ警
- 義忠足利
- 固二任ズ
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- 應仁二年是歳
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- 三七七
注記 (29)
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