『大日本史料』 8編 22 長享2年5月~同年7月 p.224

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も不擬議、不憚敵を勇鋭追かゝりて、異を三度作て、颯と亂て追つ捲つ、半時計戰て、, 原に出陣す、依之定政僅逞兵二百騎相具して、長途を一日一夜に打越て、〓然として少, 兩陣互に地をかへ、南北に分て、其跡を顧れは、原野染血山林易緑、暫休て、又亂合て, に有とも不思氣色也、然とも定政弟ならひに子息五郎朝良若輩にて、今日初の戰なれは、, 眞先かけ長尾新五郎・同修理亮に掛合、散々に追立られて、顯定・憲房是に横合に掛て、, 入道參りしか、小勢なれとも、家の安否、身の浮沈、唯此一軍に可定と、各勇進て、敵東西, 杉修理大夫定政・子息五郎朝良、古河の公方の御動座を申し成し、打立御旗、長尾景春, 縱横無碍戰しか、山内大勢扇谷の小勢に打負て、四方に亂て落行は、定政も以小勝大、, 霞、甲冑の光は輝わたりて、明殘る夜の星の如くして、鳥雲の陣をそ堅めける、扇谷殿上, 其後所々の〓合止時なく、不分晝夜戰けり、就中長享二年戊申六月八日、山内殿上杉民, 散々に追立て、諸軍機を得て、抜連て掛る所に、定政高處に馬を打揚、追返せと下知し, 喜悦の眉を開つ、凱歌を唱て還りける、, 〓大輔顯定・同兵庫頭憲房須賀原へ出陣す、坂東八ケ國の勢兵、我も〳〵と馳集て如雲, 部大, 高見原合戰之事, 長享二年六月十八日, 日百y, ニ追立テラ, 顯定ノ軍實, 蒔原ニ敗ル, 良顯定ノ軍, 定正ノ子朝, ハ二百騎ヲ, 率ユ, 長享二年六月十八日, 二二四

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  • 日百y

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  • ニ追立テラ
  • 顯定ノ軍實
  • 蒔原ニ敗ル
  • 良顯定ノ軍
  • 定正ノ子朝
  • ハ二百騎ヲ
  • 率ユ

  • 長享二年六月十八日

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  • 二二四

注記 (26)

  • 1678,617,65,2224も不擬議、不憚敵を勇鋭追かゝりて、異を三度作て、颯と亂て追つ捲つ、半時計戰て、
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