『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.758

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猶上〓の軍勢を待て、重て退治すへしと評議さらなゝ處に、長尾、高梨、城を, 領として、生年十四歳、初めて上別に來り給ひ、久しく武將乃職に居て、威を, のへ、備をかため、しつかに引て、本城にそ入にける、彼顯定は、上杉中興乃管, 萬人乃上に耀かし給ふといへ共、運命乃盡る所、たちまちに高梨か手にか, しかは、顯定入道わつかに八百よ騎、長森原へ出向ふて長尾六郎か五百よ, る、顯定入道可諄は、長刀をとりのへ、高梨に向ひ給ふ、攝津守馬より飛下て, ゝり、闇々と討れて、亡郷無頼乃鬼となり、骸を曠野乃草根に委して、恨を千, 拂て打出けれは、近邊乃勇士馳加り、一千二百よ騎に成て、をし懸ると聞え, 騎を、立足もなく追くつし、備を立直さんとする所に、高梨か七百よ騎、横合, りくつれて落行けれは、高梨勝に乘て眞先にすゝみ、大將乃旗本に打て懸, に打て懸り、あら手をもつて切立しかは、上杉の軍兵、散々に打なされ、裏よ, 顯定に引組、頓て首をそ〓にきる、鋒につらぬき指上て、上杉顯定入道を高, まて、思ひ〳〵に落て行、長尾か勢はいさ之懸り、逃るを追つめつき方せ切, 梨攝津守討とりたりと喚りきれは、上杉乃軍兵は、力を落して四方に散亂, たをし、勝時を作りて追立しか、日すてに暮けれは、みなはせ歸り、陣をとゝ, ノ首級ヲ, 政盛顯定, 擧グ, 永正七年六月二十日, 七五八, 永正七年六月二十日

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  • ノ首級ヲ
  • 政盛顯定
  • 擧グ

  • 永正七年六月二十日

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  • 七五八
  • 永正七年六月二十日

注記 (21)

  • 1826,626,63,2204猶上〓の軍勢を待て、重て退治すへしと評議さらなゝ處に、長尾、高梨、城を
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