『大日本史料』 9編 3 永正7年是歳-永正9年3月 p.45

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にあふ事數をしら勢、其時其國の月蓋長者、釋迦如來のおしへをうけ、四方, 民の平復本のことし、されより重盛公燈籠乃本尊とあがめ給へり、抑燈籠, 請觀音經にいりく、釋迦如來在世の砌、天竺〓舍離國の一切の人民、大惡病, 彌陀あり、即〓首羯磨の彫作也、これを求め敬信せは、疫癘滅除して、國泰民, の三尊の阿彌陀を念し奉こは、忽ち西方の彌陀城の門〓に來臨し、光を放, 盛公此先蹤を思やり、此三尊を念し給ふゆへに、疫病こと〳〵く消除すと, 安の悦をなさんと云々、夢さめこれを尋ね求め、夢のことく敬ひ給へは、人, に一燈ぼゝ四十八の燈籠をたて、六八弘誓を表し、九品の淨臺をう津せり、, し給ふ、或夜の夢に、老人來て、大臣に告ていりく、東山乃邊小室に三尊の阿, 悲惱す、こゝを以、小松内大臣平重盛公これをありれみ、退治せん事を憶念, と申は、重盛公當來の浮沈をおそれ、東山の麓に四十八間乃精舍を建、一間, みへたり、仍〓天竺には月蓋長者、日本には小松大臣、皆以て彌〓の利盆に, ち、病人を照し、勢至は御手をのべ〓頂をなてる、觀音は陀羅尼を説〓、病人を, 加持し給ふ、此ゆへに大惡病悉り除滅すといへり、是請觀音經の説相也、重, 八十代乃帝高倉院の御宇、平家繁興の時節、洛陽に疫癘發起して。人民悉く, 平重盛靈, 阿彌陀三, 流行ス, 尊ヲ得, 京都疫病, 東山山〓, 夢ニ依リ, 燈籠本尊, 建立ス, 疫病屏息, ニ一寺ヲ, 永正七年雜載, 四五

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  • 平重盛靈
  • 阿彌陀三
  • 流行ス
  • 尊ヲ得
  • 京都疫病
  • 東山山〓
  • 夢ニ依リ
  • 燈籠本尊
  • 建立ス
  • 疫病屏息
  • ニ一寺ヲ

  • 永正七年雜載

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  • 四五

注記 (28)

  • 810,654,64,2193にあふ事數をしら勢、其時其國の月蓋長者、釋迦如來のおしへをうけ、四方
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