『大日本史料』 9編 18 大永2年雑載 p.42

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算上人夢想によりて、本堂をつくり、正暦の比をひ、白河女院又靈夢かうふり給て、渇, 仰し給ふ、自爾以來五百餘歳の霜をへて、得盆をかうふり、十萬億土の境をへたてゝ、, かりき、當堂も即その時の餘殃にかゝりて、本尊或ハ叡山東坂本へくたり給ひ、或は洛, 南にさす渡海の針のしるへを憑む、ここに應仁のはしめはるさるに、旌旗天をおほひ、, 將に十方の檀門を扣き、助衆の奉加をうけて、鈴聲山眞如堂の上葺を營し、上下民現, せ給けるとなむ、臺上の印相、眉間の毫光、餘佛にことなる如來也、永觀二年の春、戒, し、三たひ禮をなし給て、末世の衆生を利盆し給へと申させ給しかは、則うちうなつか, 夫、平安城の東神樂岡の邊に一の伽藍あり、眞如の嘉名不朽につたへて、安養の化儀有, 當來の所願を成せしめむとこふ状、, 聲鼓地をゆする、東山・西山の佛閣咸陽の煙と化し、洛中・洛外の民屋姑蘇の露のミ滋, 往生をとくる者おほし、雲はれねとも、西へゆくあま夜の月の詞を殘し、浪あらけれと、, 縁の處なり、本尊ハ天台の慈覺大師の權化也、此尊像をきさみ給し時、一たひ刀をくた, 陽一條町へうつし奉りき、そのゝち文明十七の春、御堂造營はしまりて、如來もたち歸, らせ給ひ、明應二年の秋、内陣へ遷座まし〳〵き、去年八月廿九日堂舍供養の儀則を刷, 大永二年雜載佛寺, 四二

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  • 四二

注記 (16)

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