『大日本史料』 9編 18 大永2年雑載 p.141

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憂て咄しけれは、彼僧〓なから負の内より一〓の木像取出し與へて、何方ともなく兆, 去せり、順清喜て化僧の附與し木像をハ本尊として尊敬仕候處、其後所由有て、寛政, 留錫して、密乘眞言宗の空庵有之けれハ、是に在住して專ら弘願念佛を勸め給に、密, 衞門を實の弟なりと慈愛を加へ、尚地祿等を以て當寺を創建し、名號をハ本尊として, 宗の空庵を改て、眞宗弘通の靈場となし給ひけり、然處に同地に藤井與三左衞門と言, る有福のものあり、此人に一男一女有て、家内一同に深く順清の教化に歸依し、專ら, す燒失せり、痛哉、此時に至て二幅の名號を燒失せり、依之順清天に仰き地に伏して, 念佛を事とす、與三左衞門歸依深厚の餘り、我舍屋地祿まて姉女に添へて順清に與へ、, 歎息し、本尊無之事を憂ひけれは、或夜行脚の僧來り一宿す、終に順清本尊なき事を, 切なる事を順清大に感喜し、彼か娘女と嫁宿し、與三左衞門を眞の父と敬ひ、與三左, に下り、諸所を經廻して專ら利生をなし玉ひけるに、爰に長門國厚狹郡厚東廣瀬村に, 親り、自身教人信を事とす、然に後年に及ひて隣家より出火して、寺中堂宇寶物殘ら, 自身は二男の同苗與三左衞門を召連れ、隱居して別宅を造立せり、其與三左衞門の懇, 則御離れの時に、二幅の御名號を順清へ附與し玉ひけり、依之順清難有頂戴して中國, 大永二年雜載疾病・生死, 一四一

  • 大永二年雜載疾病・生死

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  • 一四一

注記 (16)

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  • 263,768,66,2173去せり、順清喜て化僧の附與し木像をハ本尊として尊敬仕候處、其後所由有て、寛政
  • 1616,753,64,2183留錫して、密乘眞言宗の空庵有之けれハ、是に在住して專ら弘願念佛を勸め給に、密
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