『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.601

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り、各僧院に於て、常に新に歸依したる者の洗禮あり、又前に歸依したる者, オの島々のキリシタンの懺悔を聽くことに助力し、同地より五島に行き、, は、デウスの事を善く了解して、盆之を喜び、屡祕蹟に參列せり、パードレ・コ, 説きて、他の人々の信仰を堅固にし、盡すこと多かりしを以て、デウスの命, 港に到り、天候の爲め止むを得ず、數日此處に留まりしが、無爲に過すこと, レラは、同じ頃平戸に派遣せられ、同所及び平戸附近にあるドン・アントニ, 依り、數日此處に滯在せしが、多數の人に洗禮を授け、又懺悔を聽き、教義を, ルマンは、同所に於て、多數のキリシタンを得たり、パードレ・ガスパル・ヴィ, が故に、此事に付き此上述べず、基督教會に付きては、我等の主の慈悲に依, することを命ぜられたり、彼は口の津を發して樺島に到り、天候の模樣に, スモ・デ・トルレスは、昨年イルマン・ルイス・ダルメイダを長崎に派遣せり、其, 令に依りしものと思はれたり、同所よりドン・ベルトラメウの領内福田の, 地の領主は、ドン・べルトラメウの臣下にして、〓にキリシタンなりしが、イ, 在り、互に遠く隔離せる僧院に散住せり、彼等も通信をなすべしと信ずる, 一年以上唯一人該島に滯在せしパードレ・ジョアン・バウティスタを訪問, 樺島ヨリ, 福田ヲ經, だ長崎ニ, だるめい, がいれら, 至ル, テ平戸ニ, 至ル, 永祿十一年是歳, 六〇一

頭注

  • 樺島ヨリ
  • 福田ヲ經
  • だ長崎ニ
  • だるめい
  • がいれら
  • 至ル
  • テ平戸ニ

  • 永祿十一年是歳

ノンブル

  • 六〇一

注記 (25)

  • 1655,708,60,2202り、各僧院に於て、常に新に歸依したる者の洗禮あり、又前に歸依したる者
  • 959,716,59,2206オの島々のキリシタンの懺悔を聽くことに助力し、同地より五島に行き、
  • 1541,711,59,2187は、デウスの事を善く了解して、盆之を喜び、屡祕蹟に參列せり、パードレ・コ
  • 498,708,58,2207説きて、他の人々の信仰を堅固にし、盡すこと多かりしを以て、デウスの命
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  • 1074,720,59,2181レラは、同じ頃平戸に派遣せられ、同所及び平戸附近にあるドン・アントニ
  • 609,707,59,2199依り、數日此處に滯在せしが、多數の人に洗禮を授け、又懺悔を聽き、教義を
  • 1190,717,60,2177ルマンは、同所に於て、多數のキリシタンを得たり、パードレ・ガスパル・ヴィ
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  • 721,706,60,2200することを命ぜられたり、彼は口の津を發して樺島に到り、天候の模樣に
  • 1426,718,59,2195スモ・デ・トルレスは、昨年イルマン・ルイス・ダルメイダを長崎に派遣せり、其
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