『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.606

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リシタンの船なるが故に、各美麗なる十字架の旗を掲げたり、予は之を見, て大に慰を得たり、キリシタン等は、船に來り、船中に耶蘇會のパードレあ, 町内に予を迎へざる者無かるべしと思はれし程なりき、或者は予が著物, に接吻し、他の者は足に、又は手に、又他の者は予が立ちし地面に接吻し、彼, しめたり、商船の港に入るや、予を見んとて來りしキリシタン非常に多く、, 地の人、我等を認め、彼等の乘船なる多數のフネにて、我商船に來りしが、キ, ふる慰安を缺きたるが故に、甚だ喜び、歡喜の〓を流し、其家に向ひて去れ, 爲さんとて待ち受けたる婦人及び童男童女海岸に充滿し、予が約二十人, るを知りて大に喜び、直に町に行き、バードレ來著の報を傳へ、諸人を喜ば, の名譽あるポルトガル人と共に其處に到りし時、キリシタン等は、非常に, 等皆歡喜の〓を以て之をなしゝ状は、書面に記述すること能はず、同事を, 滿足し、予を宙に運びて會堂に到り、童男童女の唱歌隊は、テ・デウム・ラウダ, ムス, たり、右終りて、予はキリシタン等と別れしが、彼等は二年間パードレを迎, を歌ひつゝ前に進み、會堂に著きて、我等一同祈祷をなし, り、其後數人のキリシタンの大身達、予を訪問せり、其中に、ジョーチンと稱, 神ヲ稱讃ス、, ○我等ハ汝, 福田ノ領, 主じよー, ちん, 永祿十一年是歳, 六〇六

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  • 神ヲ稱讃ス、
  • ○我等ハ汝

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  • 福田ノ領
  • 主じよー
  • ちん

  • 永祿十一年是歳

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  • 六〇六

注記 (23)

  • 1655,698,59,2197リシタンの船なるが故に、各美麗なる十字架の旗を掲げたり、予は之を見
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