『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.216

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しが故に、及ぶ限り、予を庇護せんことを彼にも求めたり、, り、長さ三四十レグワ、幅七八レグワの所あり、多數の漁船之を航し、又一方, 比叡の山の主要なる學者の一人を訪問せんとせし時、之を案内したる人, き人、此道に精通せるが故に、デウスの愛の爲め、美濃の國まで同行せんこ, なり、此キリシタンは、數囘予が家に來訪せり、又都よりは、予が同地滯在中、, ヨゴと云ふ名のキリシタンに會せり、彼はパードレ・ガスパル・ヴィレラが、, とを求めしが、彼は甚だ喜んで之を諾したり、此近江の國には、淡水の湖あ, 予は坂本に於て、五日間ロレンソを待ちたり、又同地に、只一人居住せるヂ, 待し、金錢其他予が要する物は、彼之を支拂ふべきが故に、悉く之を與へん, 田殿の書翰を携へて歸り、リウサも、彼と共に再び坂本に來りて、我等の爲, ことを求めたるものなり、又王の軍隊の四將の一人にして、王の大に寵愛, する名をニ「バタドノといふ人、此時美濃に赴かんとし、和田殿の親友なり, め、乘船を調へ、又都のキリシタンにして、名をルイスと云ひ、妻ある甚だ好, 毎日書翰來り、數人のキリシタンも來訪せり、六月三日、ロレンソは、右の和, より他方に商品を運搬せり、我等は、夜半後三時、坂本に於て乘船し、風向逆, ろいすノ, 勝家ニふ, ふろいす, 保護ヲ求, 五日間坂, 惟政柴田, 坂本ヨリ, 乘船, 本ニ滯在, ス, 永祿十二年四月八日, 二一六

頭注

  • ろいすノ
  • 勝家ニふ
  • ふろいす
  • 保護ヲ求
  • 五日間坂
  • 惟政柴田
  • 坂本ヨリ
  • 乘船
  • 本ニ滯在

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二一六

注記 (27)

  • 1429,661,66,1707しが故に、及ぶ限り、予を庇護せんことを彼にも求めたり、
  • 263,674,72,2200り、長さ三四十レグワ、幅七八レグワの所あり、多數の漁船之を航し、又一方
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