『大日本史料』 10編 15 天正元年4月 p.70

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

又現に努力しつゝあり、, 稱すべきが故なるべし、, の死亡の爲なり、予は弱くして不徳なる己の分に相當したる援助と慰安を與へんと努力し、, 法衣及び祈祷書を用ひて聖靈降臨の祝日のミサを唱へ、又八日目毎の聖祭を行ひ、軈て丹, が古き法衣の外無かりしが、予は一人のキリシタンより紙に畫きたる畫像を請受け、右の, 挨拶は、落〓と悲嘆にして、一は予が消息を知らざりしと、又一は現世の損害と親戚友人, 波より祭具も到著せり、, 當市に在りしキリシタンの男女及び小兒等來りしが、予に對する最初の, 同處に在りし他のキリシタン等と同行して都に歸り、直ちに信長をその陣營に訪問せんと, 聖祭の器具は丹波國に在り、當所には地中に埋め置きたる祭壇の石、聖祭用祈祷書及び予, 欲せしが、既に出發せし後なれば、之を爲す事能はざりき、土曜日即ち聖靈降臨の祝日、, 〓然全軍隊を率, 徒等皆予がこの處に居住するが故に、破壞せられたるなりといひ、カミ及び佛の罰なりと, 信長は當地に居ること十日にして、聖靈降臨曰の前曰、, ゐて近江國に向け出發せり、同日早朝キリシタン等予を迎へに來りたれば、予は彼等竝に, ○五月八日、即チ元龜, ○五月九日、即チ元龜, 四年四月七日ニ當ル、, 四年四月八日ニ當ル、, ふろいす京, ニ〓ル, 天正元年四月七日, 七〇

割注

  • ○五月八日、即チ元龜
  • ○五月九日、即チ元龜
  • 四年四月七日ニ當ル、
  • 四年四月八日ニ當ル、

頭注

  • ふろいす京
  • ニ〓ル

  • 天正元年四月七日

ノンブル

  • 七〇

注記 (23)

  • 676,752,54,555又現に努力しつゝあり、
  • 1568,739,56,564稱すべきが故なるべし、
  • 789,754,68,2208の死亡の爲なり、予は弱くして不徳なる己の分に相當したる援助と慰安を與へんと努力し、
  • 344,751,67,2190法衣及び祈祷書を用ひて聖靈降臨の祝日のミサを唱へ、又八日目毎の聖祭を行ひ、軈て丹
  • 455,755,67,2182が古き法衣の外無かりしが、予は一人のキリシタンより紙に畫きたる畫像を請受け、右の
  • 900,745,66,2197挨拶は、落〓と悲嘆にして、一は予が消息を知らざりしと、又一は現世の損害と親戚友人
  • 233,751,56,562波より祭具も到著せり、
  • 1015,1189,61,1745當市に在りしキリシタンの男女及び小兒等來りしが、予に對する最初の
  • 1236,741,62,2193同處に在りし他のキリシタン等と同行して都に歸り、直ちに信長をその陣營に訪問せんと
  • 565,756,68,2188聖祭の器具は丹波國に在り、當所には地中に埋め置きたる祭壇の石、聖祭用祈祷書及び予
  • 1123,744,65,2161欲せしが、既に出發せし後なれば、之を爲す事能はざりき、土曜日即ち聖靈降臨の祝日、
  • 1466,2565,55,378〓然全軍隊を率
  • 1681,740,68,2189徒等皆予がこの處に居住するが故に、破壞せられたるなりといひ、カミ及び佛の罰なりと
  • 1458,744,60,1334信長は當地に居ること十日にして、聖靈降臨曰の前曰、
  • 1347,752,60,2184ゐて近江國に向け出發せり、同日早朝キリシタン等予を迎へに來りたれば、予は彼等竝に
  • 1495,2117,43,438○五月八日、即チ元龜
  • 1039,745,43,434○五月九日、即チ元龜
  • 1451,2121,40,395四年四月七日ニ當ル、
  • 995,748,42,397四年四月八日ニ當ル、
  • 1380,390,38,207ふろいす京
  • 1335,394,38,108ニ〓ル
  • 1792,906,43,342天正元年四月七日
  • 1804,2492,40,78七〇

類似アイテム