『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.202

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若し何事もなくば、今日までなせるが如く持續すべし、, しと雖も、事は終る、予は只尊師竝に諸パードレ及びイルマンが、此の如く, 發し、キリシタン一人の同行を求むべし、予はコンパニヤに在ること二十, て、最も神聖なる御名の爲め、殉教によりて幸福なる死を受くることを得, め去りしが、如何に成り行くべきか知らず、至高なるデウス、予が自己の功, 大なる罪人を、聖き祭と祈祷に於て想起されんことを謹んで願ふ、而して, 徳に因るにあらざれども、賤しき僕として仕ふる聖耶蘇會の功徳に依り, 報ぜり、此老いたる古キリシタンは、ロレンソと共に、和田殿に報告せん爲, またキリシタン等の家及び財産を登録し、國家に沒收することとせりと, しめ給はんことを、若し此事實現せば、予は此の如き冠に當らざること遠, の如き迫害と困難とは、主が無限なる御慈悲の目を、予にかけ給ふに因ろ, に於て、死又は他の暴虐の之を妨ぐることなくば、予はロレンソと共に出, 三年、其間至高なるデウスに奉仕すること僅少なりしを悲むと雖も、又此, 予が堺出發以來、キリシタン一同竝に和田殿は、予が當地より陸路四日程, なる尾張の國に赴き、信長に此事を報告するを可とする意見なりき、當地, 悟ス, 殉教ヲ覺, リ信長ニ, 頼ラント, ふろいす, 美濃ニ至, ス, 永祿十二年四月八日, 二〇二

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  • 悟ス
  • 殉教ヲ覺
  • リ信長ニ
  • 頼ラント
  • ふろいす
  • 美濃ニ至

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二〇二

注記 (24)

  • 874,671,61,1647若し何事もなくば、今日までなせるが如く持續すべし、
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