『大日本史料』 10編 7 元亀2年10月~同年雑載 p.336

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民多きが故に、予が相談したる者は、皆其地に行くことを甚だ緊要と考へ, 求めしが故なり、彼は此沿岸地方の大なる領主の一人にして、領地廣く、住, ウスの教を聞かんと欲し、人を遣はして、領地に赴き、教を説かんことを、屡, 陸するや、多數の武士出迎へ、輿に乘りて、海岸よりファルコン砲の著彈距, ひたり、彼の領内に於て、予が最初に著きし所は、本戸の城にして、其臣下な, る大身の所領なるが、彼は同所にて、予を待受けゐたり、此城は、甚だ廣大且, りて、此處に宿泊せり、他の人々の爲めにも、他の數棟の偶像を取出したり、, たり、次に此地の執政等來りて、予等の到著を祝し、デウスの教を説かんこ, 欲せざりしを以て、甚だ同情の色を示したり、予等はバレラ即ち坊主の僧, 離にある城に到らんことを求めしが、予が徒歩にあらざれば行くことを, 院に迎へられしが、予等を入るゝ爲め、主なる家より偶像を取出し、予等代, つ堅固にして、城内及び附近に、一萬又は一萬二千人ありといふ、予等の上, たれば、ルイス・ダルメイダ、日本人ビセンテの兩イルマンと共に、當地に向, 殿は直に進物を遣はし、其後數人の家臣と共に來訪、大なる滿悦を表し, 爾來起りたる事を報告せんとす、予は今天草に留れるが、此國の領主が、デ, 天草鎭尚, ノ求ニ依, 草ニ布教, リ肥後天, 宿ス, 寺院ニ寄, かぶらる, 本戸城, 元二年是歳, 三三六

頭注

  • 天草鎭尚
  • ノ求ニ依
  • 草ニ布教
  • リ肥後天
  • 宿ス
  • 寺院ニ寄
  • かぶらる
  • 本戸城

  • 元二年是歳

ノンブル

  • 三三六

注記 (25)

  • 1490,684,75,2176民多きが故に、予が相談したる者は、皆其地に行くことを甚だ緊要と考へ
  • 1607,686,74,2179求めしが故なり、彼は此沿岸地方の大なる領主の一人にして、領地廣く、住
  • 1724,691,71,2175ウスの教を聞かんと欲し、人を遣はして、領地に赴き、教を説かんことを、屡
  • 913,687,77,2192陸するや、多數の武士出迎へ、輿に乘りて、海岸よりファルコン砲の著彈距
  • 1259,692,73,2178ひたり、彼の領内に於て、予が最初に著きし所は、本戸の城にして、其臣下な
  • 1141,695,75,2177る大身の所領なるが、彼は同所にて、予を待受けゐたり、此城は、甚だ廣大且
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