『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.260

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問せる時、彼に扈從する馬及び武士は、街路に溢るゝばかり多かりき、彼は, 方より歸り來らざりしかば、彼は其妻子をして贈物を受けしめ、且彼は、デ, て爲すよりも、遙かに大なる尊敬と鄭重とを示したり、彼がパードレを訪, 訪問せり、其際彼はパードレに對して、彼が日本の高位高名の坊主に對し, を紹介し、其京都歸還の事に就きて、援助を彼等に請へり、それより日沒一, ドレの住居のある所なり、彼は位高き君侯なりしに拘らず、贈物を携へて、, 二時間前の頃、和田殿は、クシヤノチヨーといへる街に行けり、こゝはパー, 示したることを尊敬す、彼はパードレを連れ〓し、またキリシタン等の爲, めに盡力することを引受くべき故に、諸人は安心して可なる旨を附言し, デイオゴ・リヨーケイの家の扉の前に立てり、時にデイオゴは、未だ下の地, て之に告げしめたり、次で七八日間堺に滯在する間に、二三度パードレを, パードレをして、彼が直に信長に請願して、己を連れ〓すべしとの希望を, 晝食後、彼は徒歩にてパードレを同伴し、信長の諸將の居る家に赴きて之, イオゴが、善良なるキリシタンとして、五年間パードレに厚誼と好意とを, 抱かしめたり、それより彼は他の將卒と共に、都に向ひて出發したり、而し, 惟政ノ斡, すノ住所, 堺ニ於ケ, ルふろ、, 旋, 永祿十二年四月八日, 二六〇

頭注

  • 惟政ノ斡
  • すノ住所
  • 堺ニ於ケ
  • ルふろ、

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二六〇

注記 (22)

  • 378,675,62,2200問せる時、彼に扈從する馬及び武士は、街路に溢るゝばかり多かりき、彼は
  • 1186,678,64,2195方より歸り來らざりしかば、彼は其妻子をして贈物を受けしめ、且彼は、デ
  • 492,681,65,2197て爲すよりも、遙かに大なる尊敬と鄭重とを示したり、彼がパードレを訪
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  • 1547,686,65,2191二時間前の頃、和田殿は、クシヤノチヨーといへる街に行けり、こゝはパー
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