『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.702

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乘駒の足乃はやきもあやうく、頓かちにく別けるに、河原過く、心前馬の口, 嶋に詣さし同日こなりけるもあやしとて立出る、朝曇乃ほとに、たゝす川, かみぬ、元亨釋抄ニ、此神のちかひもありかたたゆへ、左に喬高のみこの御, 原まてをくり出しありさ〓は、おとゝし富士一見の道し記に見えけるに, 風やひかり霞にうかふ玉津嶋, 橋立をおもひかけゝる、閏五月十日あまり、霖雨晴かたくして、廿四日、玉津, おとらす、聖門主樣にて御歌一續、玄哉餞とて漢和興行をおもひいてつゝ、, につきて瀬八を過、大原御幸女院の住給ひける寺は、乾にあたりけるをな, 舊跡しある也、西のかた松か崎のを山、夕霧の大將のかよひちは殘らす、川, 二月廿四日に都を出て、玉津嶋にての手向、, つめそ、小弟子と云所より、聖門主樣御馬をはか〓し、日暮て葛川につき畢、, 住吉兩宮は、わたつ海の底つゝおのぬかき事は筆にあらはしかたし、今年, をとりとゝめ、昌叱なと又したひけるに、醉のおもてにあたる赤山を臥お, 中條一木齋は、今都にく、漢才作者繼首座の父也、か手そより文をつかはれ, 紹巴天橋立紀行〕, ○瀧澤雪, 子氏所藏, 島參詣, 四日玉津, 葛川ニ著, 二月二十, ク, 永祿十二年閏五月二十四日, 七〇二

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  • ○瀧澤雪
  • 子氏所藏

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  • 島參詣
  • 四日玉津
  • 葛川ニ著
  • 二月二十

  • 永祿十二年閏五月二十四日

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  • 七〇二

注記 (24)

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