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しより袖岡山といひそ名所なり、古歌に、, 押へ、諸勢を通し給ふ、奧山左馬允、同常陸介元來義士なれば、勇をはぎまし、, 多の城をかこまんとす、大多和兵部防ぎ戰はんとするに、其朝霧ふかく前, 評定あり、同廿六日、信長卿又木造の城を出、源城寺、柘植三郎左衞門尉を案, 一戰を遂ぐといへども、織田勢あなのち是を責めず、木造に至く、一兩日軍, く、小森、上野の城を押へ、織田掃部助ならひに工藤勢を以て、今徳山の城を, み渡り乃すそにながるゝ泪川袖岡山のしづくなりとり, 信長卿使者を阿坂と岩内へ遣し、和睦せんとの儀なり、岩内返答には、大河, 右なく敵を入まじきため也、彼寺は、大空和尚の開基、國司の菩提所也、むか, を召かへされ、同廿七日、阿坂の城を責らる、城主大宮入道、子息大丞、同九兵, 内者とし、山際に至て諸勢をすすめ、民屋〓〴〵く放火し給ふ、爰に先勢八, 内の城次第にしたかふへきよしを述ぶ、阿坂はこれを用ず、此ゆへに先手, 後分明ならざまば、敵の樣躰はかりがたきによつて、織田勢これをせめず, 衞、其外手下の士卒ども、か〓くより淨眼寺を自燒し、寄手を相まつ、是は左, 阿坂城責の事, 大宮入道, 阿坂城將, 等淨眼寺, ヲ自燒ス, 永祿十二年十月十一日, 三二〇
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- 大宮入道
- 阿坂城將
- 等淨眼寺
- ヲ自燒ス
柱
- 永祿十二年十月十一日
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- 三二〇
注記 (21)
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